私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月23日

目指せ普通のお坊さん

 宗教のブログテーマにしましたが、もう20年ほど前の
障害児教育フォーラム自閉症会議室に書いたものです。

 もとのエピソードはたぶん司馬遼太郎さんが、どこかに
書いていたものだったと思います。



 ある村に住職のいないお寺がありました。そこで村人は誰かに住職になってもら
おうと相談しました。そこに二人のお坊さん。一人はたいそうな修行をつんだお坊
さん。もう一人はどこにでもいそうなお坊さん。

 で、風呂をわかしてもらうことになりました。修行をつんだお坊さんがエイヤッ
と呪文をとなえるとまたたく間にふろおけに温かいお湯が入りそのお坊様はぬくぬ
くつかります。

 次はどこにでもいそうなお坊さん。そのお坊さんは「わたしゃそんなことはでき
んから」と村人に手伝ってもらい水をはり、マキをくべてお湯をわかします。そして
「まあみんなで入ろうや」

 村人たちは「修行を積んだお坊さんもすごいが、もうひとりの方もいいね」
 で結局、どこにでもいそうなお坊さんに住職さんになってもらったとさ。



 ○○さんが「修行を積んでいない」というわけではなく、修行を積んでいな
い者でも何かができることを教えてもらえそうな気がしてるんですね。しかしその
道も修行を積むのと変わらないくらい難しい道であることもよくあります。


 もひとつずれついでに言うと修行ってやつは一人でできる場合もあるけれど、
環境というやつは一人ではどうしようもない所が多くて、システムが無いところ
ではよっぽどすてきなキーパーソンがいないとむつかしいところがあるのかもし
れません。


posted by kingstone at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お子さんに合った対応を 自閉症という言葉

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


※ある知的障害特別支援学校の先生からの相談に答えたものです。

○○さん、こんにちは。
 kingstoneと申します。

 > みなさんのまわりに、こういった特徴を示す子どもはいないでしょ
 >うか?いる場合、どんな方法でつきあっていらっしゃるでしょうか?

 います。
 私の担当しているお子さんでもなく、私と接する機会は少なかったです。

 で、「普通の児童に接するような」対応がとられていました。
 そしてまあ私の想像ですが、「それ故に」「問題行動出しまくり」状態に
なっていたと思います。

 ○○さんの場合は、うまくいっている対応もあるのですから、
そのうまくいった理由を分析して、それを生活全般に広げていく工夫を
されてみたらどうでしょうか。自閉症かどうかはとりあえず置いておいて。

 実際、自閉症かどうかの診断は教師には許されていませんし、お医者様に
とってもかなり難しいものであるようです。(つまり、そのお子さんが
自閉症という診断を頂いてなくても、診たお医者様がきちんと診断できる
力を持っていたかどうか、あるいはわかっていても「自閉症」という言葉を
使ってはいけない、という考え方の持ち主でなかったか、いろんな場合
が考えられます)

 また自閉症かどうかは置いておいて、というのは、「自閉症」という言葉に
抵抗がある方への配慮です。
 私だったら「自閉症」あるいは「その周辺のコミュニケーション障害」
のお子さんとしての対応をしようと思います。まあ、だから結局自閉症か
どうかはあんまし関係ない、という話になるのですが。
−−−−−−−−−−−−−−−
 > 確かにそうですね。「自閉症」ということばに少しこだわり過ぎていたみた
 >いです。

 ここんとこ、むつかしいところですね。
 実は私は徹底的にこだわります。少なくとも現在の日本ではその方が良い
と思われるからです。

 「診断名にこだわらず」というのは、私にとっても理想です。
 また多くの方が「こだわらず」とおっしゃいます。しかし、その方たちの
多くは「自閉症」についてあまり多くを学ばれておられないように見受けられ
ます。

 「こだわらず」というのはしっかり勉強した上で、いろんな対応もできる
ようになって、その上での「こだわらず」だと思うのですね。

 例えば前の発言で少し書いた方の場合、健常なお子さんに対するように
「音声言語のみの指示」
「特段の視覚支援は使わない(しゃべれてるんだからことばがわかっている
はずだ)」
「問題行動を起こした場合は音声言語で叱ることによって理解させる」
「行事の練習など、本人が終わったと思っても教師が終わったと思うまでは
 繰り返しがまんして練習させる」

などの対応が取られていました。そして問題行動がそれこそ問題になった時、
多くの教師で話し合った結論が「愛情を持って接しましょう」

 私は思わず切れてしまって「みなさん、今まで愛情無かったんですか?」
という突っ込みを入れてしまいました。

 そうじゃないはずです。無かったのは「愛情」ではなく「自閉症」に
対する理解と、それに基づく対応のはずです。で、その後、校内で
自主研修会を主催することになってしまいました。

 >最近、その子を追い詰めてしまう事が多くて、落ち込んで
 >いたところです。

 「うまくいく対応」もあるということですからその分析も必要ですね。
そして「追い詰めて」しまうことが多いなら、どういう場合なのか、それが
何故なのかの分析も必要ですね。

 別に「自閉症」とみなくても、上記の分析から必然的にやるべきこと
はわかってくると思うし、周囲の方も納得しやすいと思います。で、
その時にその子が「できない」「やらない」「追い詰められて○○になる」
とかいう状況になる理由を「さぼり」「なまけ」「親の躾のせい」とは
考えないで、別の理由、対応方法を考えて欲しいわけです。

 しかし、私なら「自閉症」か「その周辺のコミュニケーション障害」
とまず考え、そこから手だてを講じてみて、でその中からうまくいく
こととうまくいかないことを見つけて、また考えていく、という方法
を取りますが。たぶんその方が簡単ですから。

 また私の対応としてはたぶん
「スケジュールを目で見てわかりやすくする」
「やるべきことが、そして量が、目で見てわかるようにする
(それが終わったら休憩して良い)」
「いろいろなことを伝えるのにできるだけ目で見てわかりやすくする」
などの対応になると思います。

 で、結局のところ、こういう対応はそれこそ「自閉症にこだわらず」
誰にでも適切な対応だと思われます。

 何て言ってもね・・・私も学校でうまくできているわけではありません。
 「行事の視覚支援」で書いたように、やっと行事の視覚支援も始めたばかりだし・・
(よう、今まで子どもたちみんな我慢してくれていたよなあ・・・)

 また、今までの学校の流れ(文化)の中で、私がうまくできていない
こともたくさんあります。

 > ありがとうございました。また、がんばってみます。

 あんましがんばんないほうがいいかも(ニコ)
 私の周囲ではやっている言葉「脱力系で行こう」
 がんばるとお互いしんどいかも。




posted by kingstone at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

行事の視覚支援

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 行事の視覚支援については香川大附属養護の坂井聡先生(現香川
大学)の実践を知りました。

 坂井先生の場合は、校長先生の話や来賓の話をパワーポイントで
視覚化してビデオプロジェクターでスクリーンに上映する、という
ものです。

 私も真似したいよなあ、だいたい、校長先生の話なんて言っても、
子どもはほとんど聞いてないよなあ(教師もやけど)、誰のための
行事かなあ、なんてことを思っていました。

 今月の朝会の司会があたったのでちょっとやってみることにしました。

 私の場合は、私自身もパワーポイントもあまり使ったことがないし、
もちろんHyperCardを使えば同じようなこともできますが、どっちにしても
スキャンコンバータ(パソコンの画像出力をアナログテレビに出す装置)
もなけりゃ、パソコンから直接入力できるプロジェクターも無い。でまた
「kingstoneやからできるんや」という言葉も聞きたくない、ということ
でこんなふうにしてみました。

 まず朝会のスケジュールを横長短冊形に切った模造紙に書き、移動式
ホワイトボードに貼っておきました。

 1.○年生の演技
 2.教頭先生の話(今日は校長先生は出張)
 3.校歌
 
 で、1つ終わるたびに短冊をはがしていきます。

 また「教頭先生の話」では、あらかじめ教頭先生に原稿をもらって
おき(えーーっ、朝の挨拶で原稿を書かされたのは始めてだ、との
ことでした)A3大の紙に私がマジックでシンボルや絵を描きなぐって
おきました。できるだけマカトンシンボルにあるものはそれを使い、
そこに無いものや、もっといいかな、というのがある場合はPCSを
使い、どちらにも無いものは私が適当に絵を描きました。

 マカトンとPCSを組み合わせたのもあります。

 「そんなん、絵心のある人でないと・・・」と言う方にはこの
エピソードを。

 しばらく前にその絵は完成していたのですが、それを見た同僚
「その絵、息子さん(小学校2年)が描かれたのですか?」

 ちなみに私が昔作った「ホームランで行こう」というソフトの
絵も「(あなたの担任している)肢体不自由のお子さんが描かれた
んでしょう」と言われました。

 A3で30枚くらいかな。
 こいつはホワイトボードをくるりと回すと出てくるように
しました。

 やってみた結果・・・ちなみに子どもたち本人でなく、教師の
感想ですが

「スケジュールの呈示、ようわかるわあ」
「教頭先生の話、面白かった」
「教頭先生の話、最後列や左右の子はちょっと小さくて見にくかった
みたい。でも、真ん中の列や前の方の子の視線は絵の方に集中してた」
(ぶふっ・・・教頭先生に、じゃないのね)
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 このエピソードのエントリー、以前に書いてますが、細かいところ
はやはり違ってますね。まっ、いっかあ。

posted by kingstone at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トイレだよ

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 F君とは以前にも書いたように「○○が欲しい」をホワイトボードに
貼った写真を渡すことで表現する指導を続けて来ました。これはだいぶ
定着してきていました。

 ところでF君は、トイレの時に独特の身振りサインを出します。まあ
慣れている人はそれで「あっ、トイレね」とわかります。時々、「僕は
ここにいたくない。他の所に行きたい」という意味でも使いますが。

 でも彼がサインした時ばかりでなく、長時間の移動の前とかに、
あらかじめこちらがトイレに行かせておきたい時があります。そのような
時に「トイレに行こう」と声をかけながら、マカトンサインを示し(たぶ
ん、人さし指を立てて肩とんとん)、かつ私がいつも持ち歩いているトイ
レの写真カードを呈示する、というのをこの1月ほど「時々」やっていま
した。

 で、今日なんですが・・・今日は学校へ来てからお昼をすぎても全然
トイレに行こうとしません。誘っても、違う、という様子。

 で、12時40分頃、F君がニコニコしながら何かを持ってやって来ました。
彼は私が「何かの時に役に立つかなあ」とホワイトボードに磁石で貼って
あったトイレのポラロイド写真を取って来たのです。

 トイレに行くと見事成功でした。

 彼に写真を示させてトイレに行く、という指導は1度もしたことが
なかったのに・・・

 めっちゃ嬉しいです。まだ1回だけですけど・・・。
 うーーん、これからどう組み立てていくかなあ。

posted by kingstone at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

視覚支援を使いたい学年への具体的サポートのために

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 視覚支援を使ってみようか、と思ってはる学年が具体的に動きたいよう
なので、私も支援するためのあれこれ(いろんなサイズのパウチフィルム・
それを整理して入れるレターケース・無くなりかけのポラロイドフィルム)
を購入しにお店をまわり、ついでに、ちょっと調べて来ました。
(注・これらはもちろん公費での購入です。今回は自腹じゃない)

 ヒッパレー
   ポラロイドの製品
   本体 定価4980円くらい でも実売価格は1960円とか1980円
   フィルム ある店では10枚 980円
             30枚2680円

で、そのお店にはチェキより大型の富士のインスタントカメラはあり、
見本の写真がありましたが、発色はポラロイドよりいいと思いました。
店員さんに「比べてどうでしょうか」と尋ねると店員さんも

「色は富士の方が良い」とのことでした。まあ、好みの問題もあるかも
しれませんが。

 と思って見てみると先日、うちの子どもがイベントで撮ってもらって
きた写真がどうもチェキの写真のよう。うん、写りはいいですね。

 本体の値段は圧倒的にヒッパレーですが、ランニングコストと画質は
チェキの方がいいみたい。学校なんかで購入する時は、最初にかかる
費用よりランニングコストの方が問題になるもんなあ。

posted by kingstone at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コミュニケーション指導の始めに

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 情報共有のために書いた文です。

○年生のみなさんへ
                          文責・kingstone

具体物やカードでのコミュニケーションを教える時に

1.できていることから始める
2.変えるところはひとつだけ

 コミュニケーションには大きくわけて「受容性(こちらの言ったり指示した
ことが本人にわかる)」と「表現(本人からこちらに伝える)」の2つが
あります。この2つの能力は全然別のものと考えた方がいいようです。

 現在の□年生の取り組みは、2年前の11月頃からだと思うのですが、まず
1日の流れをホワイトボード上にカードで示すところから始めました。
「受容性」ですね。しかしこれはほとんどA君にのみ有効だったような気が
します。最近、C君も意識しだしたようで体重測定の日に保健室マークを見て
指示なしで保健室まで行っていたこともありました。まあでもみんなに対して
もやらないよりやった方がいいと思っています。

 C君及び他の子どもたちに本格的にカードで「次に行く所」を伝えだしたの
は、昨年9月から「教室へ(ゴールドカード)」「体育館へ(走っている人の
絵)」からです。(しかし、今から思うと、この「ゴールドカード」と走って
いる人というのはあまり良く無かったかな、と思います)

 実はC君は「朝の会の後、体育館に一人で行く」というのはできていました。
(と見えました)しかし、今まで「カードを持って示された所に行く」という
ことはやったことがないわけです。そこで今まで「指示無しで体育館に行く」
としていたのを「カードを持って体育館に行く」に、一つだけ方法を変えたわ
けです。

 なお、それまで体育館に一人で行けていたのも、ちゃんとわかって行けて
いたかどうかは疑問です。何故なら朝はみんなが体育館に向かいます。だから
その流れを見て、自分で判断して行っていた可能性が大です。ですから「集会」
が終わった後は、目の前の人たちが進む方向に一緒に行き、他学年のところに
行くことが多かったです。

 これをやり始めてから、もともとできていたことだから、すぐできるように
なりましたが、表情がすごく明るくなったのが印象的でした。

 その後「受容性」「表現」ともにいろいろ取り組んでできるようになって
来ています。

 次にF君の「表現」の例。

 F君は音楽が大好きです。掃除ロッカーの上のヘッドフォンステレオの方に
手を伸ばして「アウッ」と言う、というのはできていました。そこで、
ドレミファドーナツのカードを持って来たら聞かせてあげる、というのを
やっていました。しかし定着しかけたかな、と思うとでもやっぱり直接
そっちを見ながら声を出す、という手段の方が多いし、こらあっていない
かなあ、と思っていました。

 しかし、2学期初日、全然別のところにいた私にF君がわざわざ
ドレミファドーナツのカードを持って来たので、こら、やっぱりやってみる
価値あるなあ、と思い、また始めてみました。

 で、ある程度定着したようです。

 つまり「身振りと発声」でできていた「要求」行為を「カード呈示」での
「要求」行為に変えてみたわけです。この場合も「できている」ことの中で
「ひとつだけ」変えたわけです。

 現在は、彼の好きなおもちゃ「ハンディカラオケ」「ワイヤレスヘッドホン」
「ガラガラ」「ペットボトル」と4つを写真に撮り、パウチをして磁石をつけ、
ホワイトボードにつけて選んでもらうようにしています。

 それぞれは的確に選んでいるようです。ただし、現在「ワイヤレスヘッド
ホン」を壊してしまっていて、そのカードを出してあげられないのですが、
するとそこらへんにあるものを何でも渡して「ヘッドホン頂戴」と言って
いるようです。

 あり?今、思い出しましたがC君の場合は「カードを持って指示された所へ
行く」というのの一番最初は2年前11月からで「課題学習の自分の机に行く」
からでした。


posted by kingstone at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本人が楽、保護者が楽、教師が楽

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 > バリバリできる人の中で、「ちょっとそんなにできないよ。なぜか心が
 >痛むから」って場合、そんなに神経をすり減らさなくても、ささやかな良
 >心を痛めなくてもできる方法は魅力です。

 ですね。私のもうひとつのスローガン
「本人が楽、保護者が楽、教師が楽」はまだ引っ込めるつもりはありません。
「楽ばっかりしとってええんかえ」という突っ込みに対しては

「しんどいことは楽なことができるようになってから」

と答えるつもりです。楽なことができないのに、しんどいことが
できるはずがない・・・言い過ぎかなあ。

posted by kingstone at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

普通の教師でもできる実践

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 私「情けない教師でもできる実践」と言ってきましたが、

「それって良くないんじゃなーい。普通の教師でもできる実践の方が
 いいよお」

というご意見も頂き、そうやなあ、と思いだしています。
まあ「情けない教師」というのは例えば「給食を食べさせられない」
「子どもを走らせることができない」とかいうのに対してのアンチの
意味があったのですが、ま、ぼちぼち「普通」って言ってもいっかあ
と。

 でも「普通」ってのがまたよーわからんですけどね(笑)

 ところで、ほんまのとこ、視覚支援の有効性を痛感してますけど、
やっぱり私もいろいろやってきて、結構どういう状況でどう出して
いくか、指導をどうつなげていくか、ってあたりでかなり細かい
ノウハウが身についてきているわけです。

 で、これは失敗するかもしれんけど、その場合は次の手をどう
しよう、とか。

 で、それ抜きでいきなり写真を出したりしても、失敗することも
多いよなあ、決して「誰でも」「これ(写真?)さえあれば」うまく
いく、というわけのもんでもない・・・。

posted by kingstone at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

保護者との話 視覚支援を使うこと

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 今日は、校外学習みたいなもんだったのですが、担任してる子とは
違うお子さん・保護者と歩きました。

 そのお子さんは「自閉症」とは別の診断をもらっていると思いますが、
いろいろ見ているとそれっぽい行動もあります。で、今日は、彼と
「手をつなごう」というのはカードで示したり、またいつも行くコース
をデジカメに撮ろうと用意していました。

 そしたらお母さんが「これいいですね」と興味を持って下さいました。

 で、実はご家庭でも最近写真を使って「今から何」とかいうのや、
「どのおかずがいい」とかを始めたところだとか。そのためには
チェキを使ってはるそうです。聞いてみたら、チェキだと10枚
800円ですってね。安い!!ポラロイドなら安くて1800円だもん
なあ。

 お母さんは何か本を見て始められたということですが、TEACCHの
本というわけではなく、子育ての記みたいなもんを読まれたのかな、
という感じでした。

 C君用のカードやシステム手帳を興味深そうに見てはりました。
 (私のウェストポーチにいつも入っている)

 実のところ、コースの写真を撮って彼に見せて・・・とかいうのも
保護者や担任への根回しをどうしようか、と悩んでいたので、ぜーーんぶ
今日解決して良かったです。

 カードなどへの反発はいろいろあるので結構私が神経質になっています。

 でも、ほんと、視覚支援がかなり有効であると思えるお子さんが、
何も手だてが無いまま、っていうことも多いなあ、と思います。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 このお子さん。後から考えれば自閉症ですね。他の診断名があっても、
それが並立する。(今はどうか知りませんが、昔は診断名は一つしかつ
けられませんでした)考えればダウン症と自閉症は並立できるし、高血圧
と自閉症だって並立できるわけだし・・・並立するのに自閉症の診断が
無いお子さんは山ほど見て来ました。

 TEACCHで言うところの「類するコミュニケーション障害」とい
うやつになるのかな。
−−−−−−−−−−−−−−−
 保護者と視覚支援の話で盛り上がったお子さん、その学年の先生から
「カードは具体的にはどう作るのかな」という話がありました。

 嬉しいっす。

 まあポラロイドの利用、デジカメの利用、そして具体物の利用などの
話もしておきました。

posted by kingstone at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自作と購入 スペシャリストとジェネラリスト

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


○○さん、こんにちは。

 >で、今回の朝日のテキストを見た後、「もう少しお金を使った教材を買いま
 >しょう」「ひとりひとりにあった教材に予算をとりましょ」を強調しすべきだ
 >と感じたわけです。

 これは、私の周囲の学校現場を見ていて、つくづく感じます。って自作は
全然悪くないですけど、もうちょっときちんとお金をかけて、市販されてる
ものは買っていく方がいいよな、とは思いますね。

 >これについては、確かの前回の発言で対象を絞ったのは間違いでしたね。ゴメ
 >ンナサイ。議論の幅を大いに狭めてしまいました。

 あっ、対象を広げない方が嬉しいっす(笑)
 私も批判され慣れてるけど、そりゃ批判されるよりはされない方が
いいもんなあ・・・(って一番応えるのは無視だけど)

 >に、スペシャリストがそれぞれの専門性からアドバイス・指導してきたことが問
 >題を大きくしていたため、包括的に自閉症を理解できるジェネラリスト・モデル
 >ができたのだと思います。でも、これって、従来の専門性と異なる新し「自閉症
 >・スペシャリスト」ではないのでしょうか?

 これも、そうだな、と思います。

 で、スペシャリストもジェネラリストもこの場合は「専門家」という
言葉があてはまるよなあ、と以前より思っていました。

posted by kingstone at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こちらが嫌なこと、困っていることをどう伝えるか

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 確かに「危険な技」また、プロレスごっこじゃなくても、様々な
困った行動が出ることがあります。例えば

「かさぶたをはぐ」

 これはA君にもC君にもある行動でした。人のも自分のもはぎます。
皮膚の上に違う色のものがあるととりたくなるのかな・・・それとも
少しでも浮いた部分があるとめくりたくなるのかな・・・

 A君については、何度「めくってはダメ」と言ってもとまらなかった
のですね。で、ある時私の大きなかさぶたを取ろうとしました。そこで
私は必死で(もう滅茶苦茶痛いから)ウェストポーチから紙を取り出して
「かさぶた」と書いて、それと私の「かさぶた」とを何度も意識させ、
続けて「とるといたい」と書き、マカトンの痛いのサインと表情・声で
何度も繰り返しました。

 そして「かさぶたをとらない」と書いて、とる動作の後、指でペケ印
を作ったのかな。

 そしたらA君笑いながら「はっ」と言って、すっと離れて行きました。
これ以降、少なくとも他人のかさぶたを取っているのは見たことが
ありません。

 今まで私の記憶にある限り「○○しない」「はい」なんてやりとり
が無かったので、そのことにもびっくりしました。

 しかしC君についても、上記の方法を試みてみたのですが、効果は
ありませんでした。

 「危険」「困った」行動を「したらだめなんだよ」と伝える・・
むつかしいですねえ。
posted by kingstone at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

うまくいったりいかなかったり

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 足を肉離れしかけてから、まる3週間ぶりくらいにC君の走る
コースに復帰しました。なんやかやあって本当に久しぶりの
校外ランニングです。

 > それから校外ランニング。今日は2日目で、新人Aさんと別の先生
 >の走る位置を変えてみました。そしたら昨日ほどは写真の効き目が
 >なく、C君はあまり走らなかったとか。でも抱きつきにくるという
 >ようなことは無かったそうですが。

 私がまず集団の後ろの方を走りました。C君は最初あまり走らない
ので集団の後ろの方になります。校門を出たところで写真を渡しまし
た。するとC君はニコッとしてトットッと走ります。

 でもすぐに止まってしまいます。で私は写真を意識させたり、
軽く背を押したりすると、ちょっと走ってはまた歩き、また走り
とかやっているうちにコースの半ばあたりでゆっくりながらも
ジョギング体制に入りました。

 折り返し点の手前で彼を見送り、集団の先頭を走って来た子に
ついて戻りました。折り返し点で彼を待っていた新人Aさんによ
ると、やはり新しい写真を渡すとニコッとしてトットッと走って
行ったそうです。(つまり新人Aさんだと走らない、というわけ
ではない)

 私はゴール付近で出迎えましたが、ジョギングペースで走って
来ていました。

 一部で「彼は写真など無くてもわかっている。ただ精神が弱い
から走らないのだ」という評価もあったそうですが(受容的交流
療法のお好きな先生でした。特別支援教育で1年の内地留学の経験
もあり。まいったなあ)、私が見る限りそうは見えませんでした。

 もちろん、自ら進んでやるほど好きなことではない。特に登り
斜面は。でも「わかれば」ニコッしながらする。

 面白かったのは、他のお子さんにも写真を見せてあげたのですが、
興味深そうに見ていました。で、そのお子さん、以前私と走っていた
時には脅えたような様子だったのが、今日はそれがありませんでした。
でも、これは私がそのコースを走っていない間に、ルーチンで入った
からかもしれません。

 しかし・・・今日はあまり負荷をかけなかったはずなのに、
ちょっと足が痛い・・・まいるなあ。年か。

本当に「わかる」ことの大切さ、よくわかります。
 でもこれも「させる」ために使っているだけで、もっともっと
自立的な活動、そして楽しみのための活動のために視覚支援を
使いたいなあ。



posted by kingstone at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わかるような、わからんような・・・

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


○○さん、こんにちは。
 ○○さんの発言をいつも楽しみにしています(ニコ)

 >現在のTEACCHの哲学とそれをもとにした実践に十分タレント性を発揮できる
 >人がターゲットです。「魂の無い構造化」を行ったり、「アセスメントなしの絵
 >カード使い」は対象ではありません。

 ってことは私は入らないわけね。(ほっ)

 「魂のある構造化」をし「アセスメントして絵カードなどを使う」を
したいと思っているのですが、結果的には「意味無い構造化」や
「とにかくいろいろ使ってみる」レベルでとどまっているなあ、と
忸怩たる思いです。

 で、マチートさんの発言を読んでいてsyunさんもどっかで書いてはった
肢体不自由児・者への機器利用の話を思い浮かべるところもあります。

 まずは

1.「肢体不自由児のQOLを上げるには教師が自作くらいできなければ」

というのがあり、それに対して

2.「自作してるから広まらないのだ。ちゃんとした商品を購入すれば
   時間もとられず、より良い実践ができる。またみんなが購入しない
   から馬鹿高くて買えないものでも、みんなが購入しだすと値段が
   下がりより広く活用できるようになる」

という意見が出てきて、で現在は

3.「できる限り商品購入。しかし経済的に無理であったり時間的に
   間に合わない場合は自作」

という流れで来ているかな。でも実はその論争に参加している人は
少数であり、多くの人は全然関係なしに機器は利用しないまま来て
いる、という面もあります。まあそれでも商品として少しずつは
広まってきてはいます。10年前に比べれば知識を持つ人が増えて
は来ていますね。

 しかし、重なる部分と同時に重なっていない部分もありそう・・・

 >考えてみればあたりまえのことなのですが、そんな常識も私はわからなかったわ
 >けです。同様な思いが、新しいTEACCHのバイブルを目にして湧き上がりました。
 >私は、これまでの自閉症あるいは障害児者療育関係の理論や療法よりも、この
 >TEACCHの哲学と方法論はわかりやすく、素晴らしいものだと思います。でも、
 >もっと広く一般的な視点で見たとき、「はたしてどうか?」というのが今回の批
 >判の視点です。

 この「TEACCHの哲学と方法論」と「広く一般的な視点」というのが
何か?そこがわかるといいのですが・・・教えて下さる?それとも
「そのくらい自分で考えんかい」?(笑)
posted by kingstone at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

○○君のコミュニケーションブック

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 □□さん、こんにちは。

 >実は、PICシンボルにこだわらないということで、
 >○○君のコミュニケーションブックが
 >デジカメで撮った写真に変わったんです。

 ○○君が使いこなせるといいですね。(ニコ)

 でも、やはり疑問なのは、○○君は「お茶が欲しい」はブックで
示せるが、他はまだ・・・ということなら、1枚物の写真なりから
スタートする必要は無いのかな??

 もちろん、いきなり「ブック」を渡して使えるお子さんも
おられるとは思います。でも私の周囲では少ないかな・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
 >いきなりブックってのも無理なんですか?

いえ、それもお子さんによるとは思います。
 ただその場合もそのひとりのお子さんのために相当考え抜かれた絵
や写真の配列が無いと難しいかなあ・・・

 今回、夏にTEACCHの研修に行った時に、何度も強調されていたのが、
「(指導するさいに)変えるところはひとつだけ」ってことです。
例を考えてみると、こんな流れが思い浮かびます。


 実物を指さすことでお茶を飲む要求を伝えられる。
  ↓
 写真を指さすことでお茶を飲む要求を伝えられる。
  ↓
 写真を指さすことでトランポリンをする要求を伝えられる。
  ↓
 写真を複数リングでとじて身につけ、それをめくって要求が伝えられる。
  ↓
 1枚のカードに二つの異なる要求(今までは1枚ずつに描いていたもの)
を描いておき、それを指さして要求が伝えられる。
  ↓
 ブックの中の絵や写真を指さして要求が伝えられる。


 また肢体不自由特別支援学校で私がコミュニケーションをとる時に使用
していたサウンズアンドシンボルズというのがあります。これ32個の
シンボルからなっています。

 よくある失敗は、今までそんなの勉強したことのないお子さんの目の前に
いきなり32個描いてあるボードを広げ「さあコミュニケーションしよう」
っていうやつ。

 子どもはわけがわからなくてコミュニケーションどころではなくなります。
 それやる前に、ひとつひとつのシンボルについてゲームをしたりして、
楽しみながら身につけておかないと難しいわけですね。

 そうそう、先日の坂井聡先生の講演では、ブックに行く前段階の取り組み
としてスケジュールをシンボルで表し、それを理解し子どもたちが
使えるようになるところからスタートした、というお話がありました。
−−−−−−−−−−−−−−−
 今日、某所で、生まれて始めてブックを使った自閉症の方が、
どんどんうまく使えてしまった、という話を聞きました。

 なるほどなあ、です。
 そういう例もやっぱりあるんですよね。

 ちょっとした支えがあれば、そしてその支えがよくできたもの
であれば、びっくりするくらいの力を見せて下さる、という例に
思えました。

 もちろん、基本は「その方に今何ができるか、何ができかけてるか」
のアセスメントだと思いますし、それに基づいて実践を積み上げて
いく必要があるとは思います。

 そういう例があるから、といって、みんなにいきなりブックでは、
失敗例を増やすことになりそうな気がします。




posted by kingstone at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おだやかにのびのびやってると

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


○○さん、こんにちは。

 >□□も言われますよ。^^; 先日のテレビを見たり、□□が登場する先生の本な
 >どを読んだ他の学校の友人から「だって、□□君は軽いから…(あのような指導
 >が身につく、と言いたいらしい)」
 >( おいおい…^^; □□は判定「重度」だぜ )

 あはは、いえ□□君が「重い」か「軽い」かはわかんないですけど、
確かにおだやかにのびのびとやってると「そりゃ、そっちは軽いから」
とはよく言われることですね。ほんま、おいおい、と言いたくなる。

 ついでレスですが、△△さんへ。
 TTさんも書いてはるように、困ってない人に「これがいいよ」
と教えてあげても必要性を感じてはらへんからたぶん頭に入ってい
きませんね。

 あんまし薦めず△△さんがおだやかにのびのびやってはったら
ええんちゃいますかあ。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 □□さんは、今でもおだやかにのびのびとやってはりますけど、月の輪学院の
ような、あるいはすみれ愛育館ような所だと、たぶんパニック出しまくり問題行動
出しまくり、になると思います。

posted by kingstone at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これがTEACCHや!!これさえすればええんや」って言い切る人

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 >これがTEACCHや!!。これさえすればええんや」って言い切るような方も
 >
 > 関西弁ではありませんでしたがほぼ同義のことを語られる方に
 >複数名であったことがあります(^^;)。

 おおすごい・・・
 しかし「これさえ」って何を指してるんだろ・・・
 TEACCHってどう考えても単数形で語れないような・・・
 
 どっかのツリーの「限界」について。
 「限界」というのか、あるやり方はどのあたりに一番有効でコスト
パフォーマンスが高く、違う部分ではコストパフォーマンスが悪くなる
というあたりは常に意識していないといけないでしょうね。

 よく「○○法はすべてに有効」と言って薦める方がおられますが、
その視点で見ればそうなんだけど、実はコストパフォーマンスの問題
はどうなんだ、というのが抜けてることが多いような。

 で「限界」で思い出すのは・・・・

 とあるそれこそ一派をなしておられる(たぶん、少なくとも表面では
全然相容れないと見える療育方法)療育者の方の講演会でその方が
何かのついでに

「アメリカにはTEACCHというものがある。これは学校と保護者が
契約して最低限のことをやっていこうというものだ。日本にも
こういうものが入ってもいいのかもしれない」とおっしゃったのに
ほーーと思いました。

 まあTEACCHとIEPの混同という、よくある誤解をしてはり
ますが。

 で、この「最低限」というの、私、気に入ってます。
 そう、TEACCHって最低限のことをやろうとしているんじゃないかな。
 で、その上にいろいろすばらしいことをどんどん付け足して下さって
もそれはそれでいいんだし。その最低限を実現したいなあ・・・。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 悩ましいところです。

 少なくとも自閉症の人にTEACCH的に取り組むことは、悪いはず
はない、はずなのですが。でも「これだけやってたら」という言い方に
は絶対なりませんけど。




posted by kingstone at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

保護者から学校や施設への感謝2

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 威嚇の上手(?)な超ベテランさんが自閉症の生徒たちに笑いながら
話かけました。

「お前らなあ、どうやってもええんじゃ。家ではなあ、お前ら預かって
 くれるゆうだけで感謝してんねんから」

 問題はこの超ベテランさんは、リーダーとはいかなくても、学校内で
大きな発言力を持つ方であったこと。私よりあったでしょう。

 そして、今、事業仕分けだなんだ、って言われてますけど、この超ベ
テランさん、当時で年収1000万円は超えていたでしょう。

 超ベテランさんについては「超ベテラン」でブログ内検索して頂けば
たくさん出てきます。2つほど別の方のも含まれますが。


保護者から学校や施設への感謝

posted by kingstone at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

保護者から学校や施設への感謝

 特別支援教育(学校であれ施設であれ)に関わっていて、保護者から
感謝されることはよくあります。ありがたいことです。それがあるから
仕事が続けられる、という点もあります。

 しかし・・・

自尊心を大切に
ある生徒の自立課題学習
ある生徒のプール事件について
プール事件の翌日
威嚇で従っていたと思われた生徒のその後(1例)
威嚇で従っていたと思われた生徒のその後(1例)後日談

の生徒ですが、私が週1回だか2回だか自立課題学習を指導するように
なって是非ともいろいろな情報を知りたいと思って保護者に電話をした
ことがあります。小学校の時の指導というか、学習の内容をお聞きした
かったのです。単に1コマの授業をする者がこんな電話をすることは、
まず無いことだとは思いましたが。

 保護者の回答は
「たいへん良くして頂きました」
のみでした。

 上のエントリーを読んで頂ければわかるように、当時の知的障害特別支援学校
での指導も適切であったとは思えません。(もちろん大昔の話ですが)

 また小学校の特別支援学級での指導も適切であったとはとても思えない状態
でした。(その生徒の状態から考えて。もうまったくの想像でしかありません
が)

 たぶん保護者はその時の特別支援学校についても
「良くして頂いている」
ということになっていたと思います。
 そんなこと私は怖くて聞きませんが。

 結局、その生徒は後年、かなり早い時期に家庭では手に負えなくなって入所
施設に入りました。(入所施設に入ることが悪いのではありません。しかし、
「家庭で手に負えなくなった」というのが理由であることが、めちゃくちゃ悔
しい。特別支援学校の教師も、特別支援学級の教師も、「こうしたら楽しく生
活できますよ」というのを伝えられていないわけだ)

 私が勤務する少し前、勤務することになる知的障害特別支援学校は校庭でも
生徒を殴る、ということで報道機関にはられていたらしい、というのは以前に
も書きました。(めちゃくちゃ大昔の話です)

 でもその時でも多くの保護者は学校に感謝していたと思います。
 虐待があっても見えさえしなければ。(そして、暴力が無く、支配と服従で
うまくまわっていれば、すべての保護者が感謝するかも)

 教師や支援者は保護者から感謝されていても、油断してはいけないと思う。
 う〜ん、油断というのは少し言葉が違うか。

関連
大阪の知的障害児施設(月の輪学院)虐待事件続報
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 このエントリーが「本人と保護者の利害が必ずしも一致しない」例となる
可能性を示唆して頂きました。なるほど、そういう読み方もできますね。

 私としては「中でやっていることが、本当のところわからない」という例
だと思って書いていました。



posted by kingstone at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大阪の知的障害児施設(月の輪学院)虐待事件続報

大阪の知的障害児施設虐待事件続報

の続報です。

保護者会の会長になりました。

というのがありました。

 なるほど。保護者会としては月の輪学院に謝罪を求めるのではなく、大阪府
に謝罪を求める、という方向なのですね。すごく信頼されている施設なわけで
す。

 職員さんの「愛情」と「熱意」は疑うべくも無いのでしょう。ただ自閉症の
人など「知的障害」に入る人とつきあうには「ちょっとした知識」と「ちょっ
とした技術」が必要なのだと思います。

 報道が保護者を無視して出てしまったということにお怒りの保護者が多数(?)
おられるようです。う〜む、報道というのはみんなを納得させてから出るもん
では無いやろうなあ・・・

 触発されて思ったことは別エントリーで。

保護者から学校や施設への感謝
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 上のブログを読んでいて

諦めよう!!

というのがありました。よく状態がわかります。

 特別支援教育に携わる教師や支援者は「こうすれば楽しく生活できるよ」を
伝える義務があると思います。「そんなやり方、考え方があるなんて知りませ
んでした」ではすまされない。
posted by kingstone at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月23日(金曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。
 しかし、時々キーを受け付けなくなるのは、やめてほしい(>_<)

 曇りです。

posted by kingstone at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする