私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月18日

天然素材のブラシ

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 F君にたまたま思いつきで食器洗い用のスポンジで手をこすってあげたら
大喜びしました。しかし食器洗い用(実際に使ってるやつ)でそんなことを
続けるわけにもいきません。

 お母さんに「こんなマッサージに取り組んでみてもいいですか。でも
スポンジってこすると肌が黒くなるという話もありますね」と連絡帳に
書いてみると「天然素材のものを探してみます」とお返事を下さいました。

 で持たせて下さったのですが、なんかフワフワのやつでF君も喜びません。

 そこで私がお店でいくつか物色して来ました。

 豚毛のブラシ。
 麻の体こすり用タワシ。
 垢スリ手袋。

 この垢スリ手袋というか、何というかわからないのですが、素材は
聞き慣れないもので忘れてしまいました。でも天然素材で、垢スリ用
だからいいんだろうな、と思っています。韓国製でした。

 今日、F君がお掃除終了後、よっしゃやったろ、とこすってあげると
目を輝かせて「もっとしてよ」というふうに手を伸ばして来ました。
posted by kingstone at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分の実感が一番大事

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


○○さん、こんにちは。
 kingstoneです。

 私自身は・・・周囲からはTEACCH絶対主義者と思われてるんだろうな。

 肢体不自由児にパソコンを使わせようとしていた時は「あいつはパソコン
おたくだから」「あいつはパソコンが好きだから」と思われてたろうし・・
そーゆーのってこっちが否定しても、相手は余計にそう思うし、まあほっとく
しか無いんでしょうね。(おたくであることは否定しませんが、ちょっと
違うおたくだと思う・・・)

 >が、私の地方の特別支援教育関係の方はみなさん一様に否定されます。
 >カードばかりや、オペラント的や、授業らしくない、やらされてる
 >みたいや・・・。

あはは、あるある。
 これについては私は全部反論および注釈はできるなあ。

 「カードばかり」そんなことは無い。実物を使うこともあれば、
メモ帳を使うこともあれば、言葉を使うこともある。視覚支援を
多く使うのは確か。

 オペラント・・・そもそもその批判をされた方がどれだけ
オペラントと言われるやり方をご存知なのか。最近の動向を
ご存知なのか。そこんとこがわからないと話にもならない・・

 授業らしくない・・(授業らしい授業がそもそも成立して
いたのか。そしてその授業を受けていた子どもはどうであり、
卒業後どうなったのか・・・)目指すべき授業ってどんなもの
なのかなあ。

 やらされてる・・・まず「やらされて何が悪い」と開きなおる
こともできるような気が・・だって他のやり方の授業や生活だって
「やらせる」ことをしていないかなあ。

 しかしそういう中で本当に本人の選択を大事にしていこう、と
いうことを中に入れていくこともできるわけでね。例えばプリント
をさせる時に「どっちのプリントをする?」とか遊びに行く時に
「どっちの教室で遊ぶ?」とか私の場合は入れてますけど。

 >しくない、やらされてるみたや・・・。しかし、実際に学校で担当していた
 >子どもに少し構造化した形で取り組んで見ると、パニックしていたのに我に
>返ったように表情が和らぎ落ち着いて過ごしてくれました。このときに何か
>通じ合えたような気がしました

批判するにせよ擁護するにせよ観念的にやる人っているじゃないですか。
 そういうのって議論するだけ時間の無駄という気がします。
 人の持ち時間って限られているのですから。

 そんな中でいちばん確かなのは○○さんご自身の実感だと思います。
 そこから出発するしか無い。人の言葉(例えば私の言葉)よりも、ご自分の
実感から考えていくのが一番ですよ。(ニコ)

 それから、実は実践者というのは「絶対主義」にはなり得ないと思うの
ですね。とにかく現実というやつはいろんなことを起こしてくれる。その
時に「こうやりゃ絶対うまくいく」っていうことはあんましないような。

 で、いつもあれこれ試行錯誤しか無い。(で、こう書くとまたTEACCHに
かぶれてるから、と思われるかもしれないけど、TEACCHってその試行錯誤
を含みこんでるような気がします)

 >それと、学校現場では否定される人が多いのに、お母さん方は自らも学習会
 >をして特別支援学校教員以上に良く知っておられて、これではお母さんから質問
>されたときに特別支援学級の先生はおろか特別支援学校の先生もひとたまりも
>ないわ、という状況です。

あはは。
 学校って・・・保護者からの外圧が一番きくかな・・・本人や教師のニーズ
ではなく・・・

 私、中学生時代、丸刈りに反対を表明してたし、周囲の友人に聞いても
多くの人たちが生徒集会だとかなんやかんやで反対の意思を表明して
いたのに学校は変わりませんでした。

 後で、ある保護者が裁判をしたら、確かそれだけ(判決とかじゃなく)
で丸刈りが無くなった。

 何か苦いですけど。

posted by kingstone at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自立課題学習の大事さをわかって頂く

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 やっと体育祭が終わりました。

 うーーん、子どもたちにすごく影響が出ていたような気がします。
 ちょっといろいろ考えないといけないなあ。

 ところで5月後半は同僚さんが授業を組み立てることになって
いました。この同僚さん、「やっぱりみんなが一緒に授業をすること
が大事。そして順番を待つことも大事(いずれもそれはその通り)」
とおっしゃっていました。

 ところが体育祭の練習の合間に私が5人の自閉症グループ(?)の
お子さんとの自立課題学習をやってきたのを何度か見て頂くうちに
「ほんまにこの子たちやりたくてやってるなあ。すごく落ち着いて
やってるし。体育祭に向けて苛立っているように見えるけど、
こういう授業が少ないからかなあ」
とおっしゃって下さいました。

 実は今まで私も授業の形が見えなくて苛立っていたのですが、
この先生「A君やC君が苛立っているのと同じレベルでkingstoneさん
も苛立ってるねんねえ」と喝破しはったので笑ってしまいました。
その通りでした。

 この先生が急に「自立課題学習が大事や」と言い始められたので、
私に気を使ってはるのかなあ、と思っていましたが、そうでもない
みたい。本当に大事だと思って下さったみたいです。

 で急遽、体育館などが使える時は別として、教室でやる授業は
より感覚運動的なグループと分けてやっていくことになりました。
今日はそれぞれのグループの担当者が、放課後教室の準備をしま
した。
 
 どちらのグループもよりきちんとした形で授業ができそうで
嬉しいです。

posted by kingstone at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

IEP(個別教育計画)とは?

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


IEP(個別教育計画)とは?
という質問がありました。

 現在、参考となる本を学校に置いてますので、頭に浮かんだ言葉だけで
書いてみます。

 通常校時代の私にとって、普通に言うカリキュラムとは、現場の者の実感
としては教科書があり、指導書があり、そして「大体何月頃にはこの単元を
やって」と決まってくるものでした。

 たぶん通常校の通常クラスではこんなふうにカリキュラムがあったのでは
ないでしょうか。ひとりひとりの子どもがまずある、というより「何年生の
集団であれば(教師や学校やもっと広い範囲の経験から)こんな授業やねらい
でいけるはず」として決まってきていました。考えるのは現場の教師ですら
なく、もっと上から決まっている、って感じですね。

 IEPはIndividualized Educational Program(ほんまか(笑)綴り間違ってるん
じゃないか・・・単語も・・・)個別教育計画ですね。アメリカでは1975年
の全障害児教育法から作ることが義務づけられました。

 アメリカでは「教師」「保護者」(英では本人も)そして「行政」や
「外部の専門家」なども含めて相談してその個人にあった教育計画を
作っていこう、というものであったと思います。

 そしてまず本人へのアセスメント(調査)があり、何ができて、何が
できかけていて、何ができないかを明らかにし、本人のニーズや保護者の
ニーズを強く考慮に入れ、また現場のニーズも考え作っていくものだと
思います。

 つまり「まず本人ありき、そして周囲のニーズありき」なわけです。
 今までのカリキュラムとは作っていく方向が正反対になるわけですね。
(って、今までのカリキュラムも、少なくとも盲養護学校の指導要領など
 ではちゃんと個別に対応することの大切さは書かれているのですが・・)

 昨年の教育課程審議会答申では、はっきりと個別教育計画の必要性が
うたわれています。ただし・・・誰が作るかは書かれていないません。
posted by kingstone at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シェアウェア―もうひとつの経済システム

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


「シェアウェア―もうひとつの経済システム」
NTT出版 金子郁容監修 宮垣元・佐々木裕一著
を読みました。いろいろ触発されるところがありました。

シェアウェア―もうひとつの経済システム/宮垣 元

¥1,890
Amazon.co.jp

 シェアウェアやフリーウェアの作者へのインタビューを集めた本です。
 みなさん異口同音に「このソフトは私一人で作ったものではない」
「ユーザーからの要望があってこそできたものだ」というようなことを
述べられています。

 ちょっと長いけれど引用します。
----------------------------------------------
もちろん、シェアウェアがディジタル・ネットワークをインフラとして
いることは事実だ。その意味では、オンライン上でのソフトウェアが
「つながっている」感覚を生み出すのは必然ともいえる。しかし、ここで
注意すべきことは、原動力となっているのは明らかに「つながっている
状態」ではなく、「つながっている感覚」であるということだ。ここでいう
「つながり」とは、物理的な接続状態以上の「何か」であるが、そのこと
こそが重要なのである。

 では、どうしたらそうした感覚を得られるようになるのだろうか。いい
換えれば、どうしたらユーザーが自発的に「付句」をするようになるの
だろうか。ヒントは江村氏の「早い段階でソフトウェアを公開してしまえば、
ユーザーからのフィードバックがある」という経験に隠されている。

 早い段階で公開するということは、ソフトウェアの完成度が低い状態で
公開するということだ。そこには、おかしなところや不完全なところが
ぎっしり詰まっている。企業の発想からいえば、そんな状態で製品を世に
出すことはありえないだろう。不完全であるがゆえにユーザーからクレーム
がつきかねないし、第一、事前の評判を落とすリスクをしょいこむことに
なるからだ。

 ところが、シェアウェアはそれをあえてやろうとする。ましてや、作者には
企業や上司といった後ろ盾やいい訳がないから、ある意味では好んでさらし者
になるようなものだ。しかし、それは愚かなことでも損なことでもない。理由
はいたって簡単だ。どんなに穴がないように気をつけても、どんなにいい訳を
考えても、完全であることはありえないからだ。どうせそうなのであれば、
そんの取り繕いをせず、素直にそれをさらしてしまえばいいとシェアウェアの
作者は考える。つまり、シェアウェアを作るということは、自分自身をひ弱い
立場に立たせることを選択するということでもある。

 このように、ボランタリーな行為はさまざまな賞賛と同時にさまざまな攻撃
に身をさらすことにもなる。しかし、作者が自分を弱い立場におくからこそ、
他のユーザーからの指摘や意見や要望が生まれると考えてみたらどうか。シェア
ウェアの作者がソフトを公開すれば、たくさんのユーザーから感謝の言葉を
もらうかわりに、「こんなことはできますか」「こうしてほしい」「こんな
不具合がでました」というような意見への対応を迫られる。だが、こうした
「弱さ」や「傷つきやすさ」こそがシェアウェアのダイナミズムの源なのでは
ないか。

 ボランティアを研究する金子郁容は、この弱さを「バルネラビリティ」と
呼び、自らを「バルネラブル」にすることが次の「つながり」を生むのだと
説いている。(「ボランティア」岩波書店)バルネラブルであるということは、
弱さ、攻撃されやすさ、傷つきやすさであるとともに、相手から力をもらう
ための<窓>を開ける秘密の鍵でもあるというのだ。
--------------------------------------------------------
例えば今までの学校文化はひょっとしてパッケージソフトを作ろうと
するようなものではなかったか。しかもかなり破綻し、ユーザーのニーズ
から離れた・・・

 個別教育計画は、それをシェアウェア化(オンラインソフトウェア化)
しようとする試み??

 またフォーラムの会議室への発言やMLへの発言というのもボランタリー
な行為であるし、同じような側面があるのじゃないかな。マチートさんは
ご自分の「問題行動の対処法マニュアル」をフリーウェア宣言してはり
ましたし、最近で言えばダダ父通信もまさにそういうものとして流通しよう
としていますよね。

 この本にはシェアウェアとお金についての考察もされています。
 これは有償ボランティアにつながるのじゃないか、という視点ですね。

 それこそ卒業後の場やグループホームをそういうものとして
作っていくことができないかなあ、というのが今の私の夢想です。


posted by kingstone at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何が大切なの?

大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 みんなで一緒にいることがそんなに大切なのだろうか・・・

 例えば、
 ・コンサート会場で静かに座っている、
 ・お通夜やお葬式で静かに座っている、
 ・みんなでレストランに行った時に食べ終わっても静かに座っている、

 すべて素晴らしいスキルです。
 それができたらたぶんすごく世界も広がることだと思います。

 で、それを目指して集会で歩き回らずに座ることを教える??
 たくさんの人でわんわん音がする会場に「いやだ」という意思表示を
している人を座らせる??

 あるいは「楽しい集会でした」と言うが本当に子どもは楽しんで
いたの??

 こーゆーことを考えるとかなりつらくなったりします。
 いや考えるとではなく、言葉に出してみるのですが、
「社会に出たらそういうのも必要でしょ」
「これから社会に出たらもっともっと我慢しなければならいなことが
増えるのだから」とか言われるわけで、だからつらくなるわけだな。

 本当かな?

 「前にならえ」で並ばないといけない作業所や施設ってたくさん
あるんだろうか。あるいは会社。もちろん自衛隊や警察や消防署は
そうかもしれないけど・・・いや警察だって内勤の人だったり、
所内の掃除の人だったら「前にならえ」で並ぶ必要も無いだろう
なあ。

 うーん、うーん。

posted by kingstone at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みんなでやる集会や行事

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 特別支援学校って小学部全体だとか学校全体で集まってする集会や行事も
いろいろありますよね。で、最近「うーーん、この子やあの子は楽しめて
ないよなあ。」って思いがいろいろわくことも多かったのです。

 でもその時は「そやけあの子やこの子は楽しんでるもんなあ。いちがい
にこの会が悪いとは言えないよなあ」と思っていました。

 でも、よーーく考えると、じゃあその子たちのためになるから別の子が
我慢することが大事であり、授業の課題なのだろうか・・・なんてことを
思い始めています。

 選択肢がいろいろあったらいいんだよなあ。

 もちろん、その集会や行事がどの子も楽しめるものにこちらが工夫して
いく、というのもとっても大切ですけど。
posted by kingstone at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クラスの中での視覚支援

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 新学年になって1月が過ぎました。
 体育祭を明後日に控えてその準備のために肝心のことができていないなあ、
という苦い思いはあるのですが・・・

 ある先生「E君のために水筒の写真を撮って」と依頼して下さいました。

 この先生、子どもとの感情のやりとりの部分を大事にする素晴らしい先生
で、それだけにカードの使用など、どう思われるか、と心配だったのですが、
「本人が「これしたい」とか表現するためのカードがいろいろ欲しいなあ」と
おっしゃって下さってます。

 すぐにコミニュケーションブック用と、名刺サイズ用とを作ってお渡し
しました。さっそく使って下さっていました。

 別の先生、Zさんが集会でなかなか並べません。ついA君のために体育館の
床に貼った目印のテープ(これは私が勝手に貼った)のところに並ぼうとし
ます。それか列から離れるか。

 そこでZさんの担任の先生に「もし良かったらZさんにも目印のテープを貼
ってあげたらどうでしょうか」と提案しました。

 でウェストポーチに入ったテープとハサミをお見せしました。
(ウェストポーチにはコミニュケーションブック以外にビニルテープだとか、
白紙のパウチした紙だとか、マジックだとか、メモ用紙だとか、その場で
すぐに視覚支援をするためのアイテムを常に携帯しています。重くて仕方
ない(笑))

 そしたらその先生、集会が終わったら「テープとハサミを貸して下さい」
と言って来られ、ご自分で囲いを作っていました。

 少しずつ視覚支援を試して頂けつつあります。
posted by kingstone at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自立課題学習への模索

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

Oさん、こんにちは。

 > 教室の中に閉じこめて、机に座らせようとするとパニックになる、落ち着かない
 >..という子供に対して、一定の強制的な授業をした後は、気分転換として自由行動
 >をさせる。

 まず最初の「教室の中に閉じこめて、机に座らせようとするとパニックになる」
ってのは・・・すっごく今まで嫌な経験が蓄積してるんでしょうね。ひとごとじゃ
なくて私の周囲でも「あの子、課題学習嫌がるのやけど、そら机に向かって勉強
するよりは外で好きなことする方がええよなあ」という声が聞こえて来ました。

 なんかへん・・・

 その方、「わかることやできることをやってほめられた経験」
いや「わかることやできることをやって、やったぞ、と思えた経験」が
どれだけあるのだろうか。

 syunさんが「知的障害特別支援学校時代に机に向かって作業なんてして
いるのを見たことが無い」と言われていた方に対して、碁石を升目に置く
のを1回だけということから始めて工賃の取れる作業にまで結びつけてい
かれた例を紹介して下さっています。

 障害児教育フォーラム自閉症会議室の#1716からのツリーです。

 そもそも「一定の強制的な授業」というものがなんか違うんじゃない
かな、というのを最近特に強く感じるようになってきています。

 じゃあ私が「強制」していないか、と言えばそんなことは無いのです
が。

 特に課題学習で「まずここに座るんだよ」「この作業はこうやるんだよ」
ということを最初に教える時、少々抵抗するお子さんを押して行って
座らせたり、手をとってレゴを組みあわさせたりはするわけですが。

 でも、それも半ばびびりながら、そのお子さんの課題をやり切った時の
笑顔をささえにやっていることで、常にどうしたらその強制というか、
プロンプトを外していけるか、を考えています。

 で、そうやっていくとたいていの場合、その作業(課題学習)そのもの
が「気分転換」や「楽しみ」になるなあ、というのを実感しています。

 まあ「課題学習」と言っても「机の上」だけにこだわることなく、
本当に机の前に座るのが嫌なのなら(そこんとこについても私懐疑的です
が)別に立ってする作業であってもいいと思うのですね。

 そこから始めていって「作業できたぞ」「ほめられたぞ」「やったぞ」
みたいなのが増えてきたらきっと「机に座って作業する」もできるような
気がします。

 まあ一人一人違うから、何とも言えないところはありますけど。

posted by kingstone at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーション2

 支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーションについて。

 自閉症の人の場合。

 私が知的障害特別支援学校にいた時。

プール外伝」の後半に出てくる生徒です。
まだ小学部の時代。

 担任は「威嚇することと無表情で伝えることと2」に出てくるベテラン
の先生。この生徒について、私は「自閉症やろか?」と尋ねた時、「うー
ん、わからん」とおっしゃっていましたが、後年、自閉症について勉強し
てから考えると、どこから見ても自閉症の生徒でした。

 彼は「欠席調べ係」をしていました。
 朝の会をやっている時にクリップボードに紙を挟んだものと鉛筆を持って
各教室を回って来ます。担任からは「字を書く時は手首を持ってあげて」と
言われていました。何じゃいな、と思ったら、一人では字が書けないけど、
手首を持ってもらったら書ける、と言います。担任は別に○○療法とかを知
っている、というわけではなく、単に経験として知っていたのです。

 で、私のクラスに来た時、たまたま欠席者がいたので、それを彼に伝えま
した。彼は自分ではそれを書けなかったけど、私が手首を持ってあげると名
前の漢字が書けました。

 私が名前を知っていたから無意識に彼の手を動かした?
 どうにもこうにもそんな感じではなかったです。

 彼はどこかで自分で字を覚えていました。家庭は彼の奇妙と思われる行動
にアップアップして教育しようなんて余裕はありませんでした。当時の学校
では字を覚えたり、字を読んだり、という授業はありませんでした。また学
校では彼の気持ちを聞いたり、表現を出してもらおう、という機会はありま
せんでした。そんなことしなくても学校生活は進んで行くのですから。

 一度、小学部時代。夏休みのプールの時間でした。彼がやって来たので、
私は担任ではなかったのですが、着替えの場所についていきました。細かい
ことは覚えていないのですが、私は彼に質問しました。何かを書いて聞いた
のだっけ?とにかく彼は何らかの方法(音声言語以外)で答えてくれました。
(この時は、彼が字を書いたわけではない)

 私はびっくりして職員室にいたある先生に報告したのですが「それがどう
した」という感じでした。子どもから表現することがそんなに大事とは思わ
れていなかったようです。

 彼は方法を考えてあげれば自分で表現できた生徒です。

プール外伝」の時も、ホワイトボードに書いた「電車」「バス」の文字をわかっ
て選択しています。
 
 たぶん彼は簡単に外部に表現してくれただろうし、パソコン入力など、方法
を考えてあげれば相当複雑な表現もできるようになっただろうと思われます。
別に手首を持つ必要も無かったでしょう。

 結論としてはやはり肢体不自由の人と同じようなことになります。

 手首を持ったら書ける、ということもあるだろう。しかしそんなことをし
なくても、いくらでも表現する方法はあるし、ひとりで表現できる方法を考
えよう、です。


   追記
      特定の人としかできないのなら、それはまあほとんど無意味。
      たぶん、本当にできるなら、今の技術水準ならかなりのことができるよ。






 

 

 


posted by kingstone at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーション1

 支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーションの方法が
あります。

 肢体不自由の方の場合、よくありそう。

 私が肢体不自由特別支援学校にいた時。

 重度の脳性マヒで、支援者に押してもらうタイプの車イスにつねに乗
っている生徒。私が出会った時は高3でした。

 私はAAC(拡大代替コミュニケーション、要するに何でも使ってコ
ミュニケーションしようという考え方)を少しは勉強し始めていた頃。
まだまだ実践はできず、学校に情報処理係も作ってなかった頃。

 給食の時間にたまたまその生徒の教室に入りました。

 そしたら彼はMSXパソコンに音声スイッチをつけたもので、「アッ!」と声
を出すことで、50音文字盤の自動スキャンソフトで文字を選び、文を
書いていました。

 ぶっ飛びました。こんな実践がすでに校内でされている!!

 聞いてみると、担任が自作(!!)のソフトで、思いつきで、給食後
のみに試しているとのこと。失敗が多く、まだまだまともな文は書けな
いこと。完全に個人的取り組みで、他の授業時間には取り組まれず、学
校の中でも同じクラスの担任しかその取り組みを知りませんでした。

 その生徒が小学部時代から組織的に取り組んで、随意的に動かせる部
分を探し、フィッティング(うまくソフトやスイッチを合わせていくこ
と)していたら、十分使いこなせるようになっていたと思います。

 家では保護者が、彼の手に鉛筆を持たせ、その手を保護者が握って動
かすことで日記を書いていました。そして卒業時に文集を私たちに配っ
て下さいました。

 しかし教師は「あれは保護者の思いによるもので、本人の書いたもの
では無い」という評価が主流でした。その理由としてあげられたのが、
ショーペンハウエルについて書いている、ということ。肢体不自由特別
支援学校の生徒が、そんなもの書くわけがない、というわけです。

 でもその文というのは

「みなさん、ショーペンハウエルを知っていますか。ショーペンハウエル
 はえらい人です」

みたいな、そう、小学校中学年の生徒が偉人伝を読んで書くような内容
で(高学年だともう少し複雑になる)、私は「これは本物だ」と直感し
たのですが。それも失礼な話ですが、肢体不自由特別支援学校にずっと
いる生徒だと必然的に経験の量が少なくなるので。

 本物か偽物かは、本人が一人で入力できるシステムを組んであげれば、
もう全然論争にもならないところです。当時の地方の学校ということで、
しかたのない点もありますが、当時の日本でもシステムをフィッティング
できる人はいました。真贋を言う前に、そういう実践ができていなかった
ことを恥じるべきだ、と思いました。

 余談ですが、私は大学時代、ショーペンハウエルの「哲学入門」の中
の「哲学とは直感なのだ」という言葉を書いた体操服でトレーニングを
していました。

 支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーションの方法に
ついては平本歩さんの場合、小学校の頃は文字盤を指し示す方法でやっ
てましたね。NHKの放送を見る限り、別に特定の人とでないとできない、
というわけではなさそうでした。

 そして後年(たぶん自力の。それとも他人が腕を支えているのだろう
か?)パソコン入力に進化させてはります。

1年2組 歩ちゃんと30人の仲間たち 人工呼吸器をつけた少女の記録
平本歩さんのメッセージ

 NHKで放送されたものでは「奇跡の詩人」も話題になりました。

 お母さんが後ろから抱きかかえ、腕を持って文字盤を指し示していき
ます。
 これも様々な議論を巻き起こしました。

 私は番組を見て「もったいないなあ」と思いました。
 この場合もパソコンでの自力入力が可能になればほとんどの議論は
収束します。番組を見る限り、お子さんには随意的に動かせる部分が
ある、と見えました。

 またお母さん以外では、お母さんの妹さんともできるが、情報量が1/10
になってしまう、というのもどこかにありました。お母さんがずっと一生
つきっきり、というわけにはいかないよなあ、と思いました。

 結論。

 支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーションというの
はある。でもすみやかに自力でできるコミュニケーションに変えること
ができる。

   追記
      特定の人としかできないのなら、それはまあほとんど無意味。
      たぶん、本当にできるなら、今の技術水準ならかなりのことができるよ。




posted by kingstone at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

疲れたら休もう

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 自分が悪いのですが、なかなか思いを明確な言葉にして周囲に伝える
ことができません。まあ時間が無いとか、いろんな条件もあるし・・・
その中でそれこそ休みの日に学校に潜り込んで仕事をしたり、遅くまで
残ってやったり、環境を整えていくことで理解して頂こうと思ってやって
来てました。

 今日も今日とて明日の授業の準備がいろいろあるなあ、と思っていた
のですが・・・(体育祭前に準備のいる授業!!)何かちょっと煮詰まった
感じがあって、準備は学年の先生にお任せして子どもが帰ってからお休みを
取って帰って来ました。

 で、学校を出る前に学年のある先生に自分のしんどさを少し聞いて
頂きました。おかげで随分楽になりました。楽になったらじゃあ仕事を
すれば・・・というところですが、ええーい、と帰ってしまいました。

 少し英気を養って、またいろいろ言葉に出していこうと思います。
 今の学年、みなさん遠慮なく思いを言ってる、って感じでこれで
いろいろ情報共有してやって行けるのじゃないかなあ、と思って
います。

 まあ、その中でもたぶんいろんな「常識」から私がぶっ飛んでしまって
いるので煮詰まることもあるのですが。でも、この中でいいものが作って
いけたら素敵だよなあ、と思っています。

posted by kingstone at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肢体不自由特別支援学校の卒業生と会って

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 今日、IEPに関する講演会があるってんで行ってきました。ところが・・
ほとんどIEPの話になんなくて某教育法の話が中心でまいった、まいった。
(注・某教育法の話として聞くなら面白かったですけど)

 帰りにおもちゃ屋さんに寄ってバッテリーで動く扇風機を買って来ました。
 これでお誕生会の時にローソクの火を消してもらおう、というつもりです。
 でも、頭に描いている子にとってはうちわの方がいいかもしんない・・・
両方試みてみるつもりです。

 しかし・・・財布にお金が無かったので(口座にも無い。妻から
引き出しを厳禁されている・・)同僚にお金を借りて行った(涙)

 というわけで同僚たちが帰る電車から遅れた電車に乗り込むと・・・
 前に茶髪で電動車イスに乗った兄ちゃんがいる・・・おお、某肢体不自由
特別支援学校の卒業生の○○君でした。

 現在仏教大学の社会福祉学科の3回生で、社会福祉士の資格を取るべく
勉強しているとか。インターネットも始めたところだ、というのでまた
メールを送るように、と言っておきました。(本人にアドレスを聞いた
のですが、当然(?)覚えていない)

 彼は卒業後NPOに入って地域で「自立活動センター」を作りたいとか。
 要するに自分たちで運営する「グループホーム」みたいなもんかなあ、
と思って話を聞いていました。

 で同じJRの駅(この駅、最近エレベータがつきました。たぶんこれは
彼が毎日、毎日この駅を利用した成果じゃないか、と思います。毎日毎日
使ってたら、介助する駅員さんもどれだけ危険か、どれだけエレベータが
必要か、わかるから上に報告すると思いますから)で降りたのですが
「kingstoneさん、時間あります?」
私ゃ思わず返事を躊躇しましたです。(時間はあるがお金がああ)

 ま、ということで近くの喫茶店へ。そこでいろいろ話をしましたけど
結構面白かったです。

 介護保険とかいろんな新たな福祉の動きがあります。今までの流れは
あんまし本人のことを考えていない、本人のQOLを上げるのが主体ではなく、
家族への支援の観点が強かったのでそこんとこが変わってくれないと
困るとか、地域で暮らすということが「地域の病院化」「地域の施設化」
になったら困る、なんてところがほーーっと思いました。

 なるほどな、知的障害特別支援学校の教育内容だって、本人のQOLよりも
「従順で指示に従う」ことが中心になってきてたような気も・・・

 また病院化ということで言えば医療や教育についても言いたいことが
いっぱいある、って言っていました。彼は、地域の中学から高校で肢体
不自由特別支援学校に来たのですが、私の目からも歩く「訓練」に努力
しているなあ、と見えていました。

 中学の頃医者から「とにかくいっぱい歩くようにしなさい」と指示され
学校も(家族・本人も?)従ったわけです。しかし中学では教室移動が
いっぱいある。本人がはいずるように(本人の表現)次の教室に移動する
頃には授業は半ば終わっている。

 また友達とのつきあいも思うようにできなかった。それやこれやで
すごく悔しい思いがあった、ということです。

 もちろんお医者様としては(そして教師も)「少しでも障害の進行を
遅らせたい」という思いがあったのかもしれません。しかし少なくとも
彼の思いとはずれていたわけですね。

 どこで何を選択していくか、というのはごっつい難しいとは思いますが。
本人は「医療の少しでも延命というものよりも本人の生き甲斐とちゃうか
と思います」と言ってました。

 少しずつ医療や学校の現場も変わってきつつある、と思いたいです。

 帰る時、レシートを取ったら
「僕の分払いますよ」と言うので「当たり前や。君がレシート持てない
から私が持っただけ。私、お金無いの」と言っておきました。

posted by kingstone at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サインへの異なった対応

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 お子さんによっていろいろトイレのサインを出してくれます。
 
 さてそれがたいへん頻繁だったり「ひょっとしておしっこじゃなく、
単にこの場から抜け出たい、先生と二人になりたい」ということでは
ないか、と思われることもある場合もあります。

 そこでサインが出ても「(15分前に出たから)我慢しなさい」と
連れて行かなかったり、サインが出ていなくても「さっきから45分
たったから一度行っておこう」となったりすることもあります。

 しかし、例えば便秘や下痢などがある時はそのために出なくても
あるいは頻繁に出るのでトイレサインを出す、ということもある
わけです。私たちだってそういう時は頻繁にトイレに行きたい・・・

 子どもがサインを出してくる時に、こちらの対応がその時々で
変わったり、あるいはサインを出していないのに連れて行ったり
するってのは良くないのかなあ、とちょっと悩んでいます。

 どんなもんなんでしょう。

posted by kingstone at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自閉症と問題行動

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 今日、私のやってる研究会が開催されました。
 今日は30名以上の参加がありました。

 今日は「自閉症と問題行動」というテーマで○先生のお話でした。

 「内容は会員以外には出さない」ということですが、お話及びレジメの
中で「そうだよなあ」と思う部分があったので講師の先生の許可を得た上
で書かせて頂きます。

 といっても全部を詳しく書くことはようしないので、ある1ケ所だけ。
 問題行動の意味を考えるというところでこう書いてはりました。

<心得3>自閉症の人の身になって共感的に因果関係(ABC分析)や機能
     の分析を
     Antecedent (前状況、先行刺激、弁別刺激)
     Behaviour (行動)
     Consequence(結果)

○先生は繰り返し「自閉症の方の身になって考える」ということを
おっしゃってました。もちろんこれは難しいことではあるでしょうが、
すごく大事なことだと思います。

 TEACCHや行動療法(応用行動分析)が「冷たい」「非人間的」と
見なされることも多いのですが、実はこの「共感的に分析」という
ところが大きなポイントなんだろうな、と思います。そいつがあるか
ないか。

 また最後の質疑応答の時に○先生から「私は、わからない、というのを
よく言うんですよ」というお話がありました。決して切り捨てるように
ではなく、何て言うんでしょう、ちょっとニュアンスを言葉にしてみると
「わかったらええねんけど、まだわからんのですなあ。困ったことやけど
まあぼちぼちいきまひょか」って感じかな。

 でまた質疑応答の中でうまくいったように見えたことが後で困った行動
に結びついたりした例も出たりして、しかしそれもお話をうかがっていて
また解決法を見つけようと考えたりできるのだなあ、と思いました。

 最後に○先生から「教師もたくさんのうまくいった例を持っている。
また失敗した例もあるでしょう。そういうのをホームページなどで
情報共有できたらいいのにな」というお話がありました。
 
 いやはや、なかなかねえ・・・学校の中でのことはホームページには、
書きにくいもんなあ。ある行政関係の方から「インターネットはパソコン
通信と同じようなわけにはいかない。ずいぶん目が厳しくなる」と
私も言われてます。

 会がはねてからファミレスで「書き込み禁止モード」に突入しましたが
新年度の苦しみがいろいろあったので、ちょっとすっきりさせて頂くこと
ができました。やっぱり「オフライン」の場も大切ですね。

posted by kingstone at 10:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シンボルを使う

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

○○さん、こんにちは。

 「あそんで」「てつだって」のシンボルの使用についての私見です。

 これ、どっちも「要求」の言葉ですよね。いいなあ、こういうのが使えるようになると。

 さて、で、Oさんが書いておられるように、シンボルを使うか使わないか以前にそのお子さんが好きな、遊びたい活動があるかどうか、またそれがどれだけあるか、がわかるといいですよね。

 私が今までやって来た中なら「こそばしっこ」とか(ってOさんのをまねしたんですが)でもこの「こそばしっこ」を画像化するのって結構悩みましたけど。(結局両手のそばに波線がある図にした・・・こういうの私のホームページに上げたほうがいいですね)

 あと「一緒に」じゃなくて「一人で」する活動は、割と画像化しやすいかな。音楽を聞きたいとか、本を見たいとか。で

 > さて、そのためにはそのお子さんの現状でのコミュニケーション能力(どれくら関
 >わりを持てるか、伝えられるか)と認知(どれくらいわかっているか)を実態把握す
 >る必要があります。

 この部分に関わるのですが、そのお子さんの認知レベルによってはシンボル以前に具体物というのもありかもしれない、とは思います。

 > 最後にシンボル化すると、それを順に並べて、「着替え」の次に「鞄」をもって
 >「バスに乗る」という時間概念にも発展させることができます。

 まず最初は「着替え」は「かご」(具体物の)で、学校へ行くは「鞄」(具体物)で1対1で覚えていって、次にはカラーボックスなんかに上の段に「かご」下の段に「鞄」とかいうふうにしていき、そしてだんだん写真や絵やシンボルに変えていくとか。

 特別支援学校なんかですと、具体物レベルのお子さんも結構いそうです。

 「てつだって」については本人さんがてつだって欲しいような状況を作って(意図的に仕組んで)その状況と具体物なりカードの写真なり絵なりシンボルなりを結びつけていってあげることが必要そうですね。

 いきなりカードを見せて「わかれ」と言ってもそいつはちょっとむつかしそう。

 私の場合はボードメーカーの中の手が斜め上と斜め下から向かい合ってのびてきてる図を使っています。やっぱり「てつだう」って「手」なんだろうな、とは思いますね。

posted by kingstone at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

技術を使う環境(戦争とのアナロジー)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

ツリー(話題)のみなさん、こんにちは。

 ○○さん

 > 技術を正しく評価するためには、しっかりした目標・目的をもって事を進
 >める必要があるのでしょうが、あの戦争は勝つことによって何を得ようとし
 >ていたのかさえもはっきりしてないですよね。

 そ、そうなのかあ・・・なるほどなあ。目的がはっきりしていれば、
次に「それが可能」「ちょっとコストかかりすぎ」など判断して、途中で
方向転換することもできるわけだ。

 > 零戦は空中戦で小回りを利かして軽業師のように飛び、相手の後ろに回り
 >込んで銃撃する。そのために機体をいかに軽くするかがポイントとなり、結
 >果的にパイロットやオイルタンクのまわりの鉄板も薄くなるので、一撃浴び
 >ると簡単にやられてしまう。しかも、操縦が難しいため、パイロットの養成
 >には時間がかかる。また、機体の製作にもある程度の熟練が必要でにわかに
 >学徒動員をしても生産効率があがらない。

 > 個人の能力を引き出すことに重点をおくか、組織としての能力が最大限に
 >発揮できるようなシステムを構築するか、と言い換えられるかも知れませ
 >ん。

 おーー、これって様々な「療法」にも言えそう。
 もちろん「個人の能力」を引き出すのは悪くは無い、しかし・・・それって
組織的に動けた後でもいいような気がしますね。


 □□さん

 > 逆に遊ぶ立場の人は相当な事をするのは
>もちろん、やっかみに耐える根性が必須。
> 学校でもいろいろな取り組みはあると思
>います。肝腎なのは周囲の白い眼に耐え、
>説明や宣伝する根気と思いました。自閉症
>関係などわからない人だらけなのでなお更
>です。

うーーん、私は「自閉症」関連では遊ばせて(研修させて)はもらってない
のですが、まあ白い眼に耐えていこうと思います。(って白い眼の原因は私の
個人的資質の問題かもしれませんが(笑))
posted by kingstone at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伝える(周囲の理解)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 さて私(kingstone)の場合は、コミニュケーションブック(人や物や活動
や表現してほしいことを写真や絵にして字をつけたシステム手帳)については、
今日クラスに持って行きましたら早速みなさんポケットやウェストポーチ
に入れて下さってました。また「手帳代はらうからね」とありがたい
お言葉を頂きました。環境を整えたいとの思いから、独断専行でやって
ましたので、そう言って頂けるとありがたいです。

 またA君、C君は新しく増えたページを興味深そうに見たりしていました。
 E君は・・・「こんなもんいらんわ」みたいな仕草をしてたなあ・・・
 まあ、E君については無理強いせずに、そこらへんにポンと置いておいて
見たい時に見たらええやん、という感じで使っていこうと思っています。
(使いたい時に使える環境を整えておく、というわけ)

 ただ計画的な授業、個別教育計画については、私のほうもうまく伝えられ
なくて、もどかしい思いはしてますね。ただ、気は使いながらも遠慮せずに
言葉にしようと努力しています。
posted by kingstone at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わかるということ(2)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 自閉症やその近縁の認知などに障害を持ったお子さん(あるいは方)
にとって(だけじゃないけど)「わかる」ってこと、とても大切なのだと
思います。

 例えば外から見ていて「暴力」を使われているように見えたり、
すごく「非人間的」に扱われていると思われこちらが胸を痛めて
いても、そのお子さんはその「暴力」をふるわれる方や「非人間的」
なやりとりをする方に寄っていったり、好きであったりするように
見えることもある。

 これってその方が「わかりやすい」からではないか。

 で、その「暴力」をふるわれる方はそういう子どもの反応を見て
「私のやり方は正しい」と自信を持たれる・・・しかし、きっと
「暴力」抜き、で同じことができたらよりいいはずなんでしょうね。

 実は「暴力」ぬきの部分での表情、やりとり、そこに子どもは反応
しているだけかもしれない。

 「非人間的」という点については・・・私がカードを使うのも
一部の方には「非人間的」と思われてますから、ほんまこの部分は
むつかしい・・・・

posted by kingstone at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わかるということ(1)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 以前「構造化」っていうのは「わかりやすくすること」っていう意味だ、
って話がありました。本人さんたちに「わかりやすい」こと・・・

 これに関連してあれこれ考えています。

 授業でもそう。このFEDHANでも授業についていろんな議論があります。
 これも目の前のお子さんによっていろいろ変わってくるとは思うのです
が。

 例えば「計算できることより実際にお買い物ができることが大事」という
ような話があります。それもあるお子さん、ある方にとってはほんま。

 しかし、会議室違いになるかもしれませんが、例えばじゃあ筋ジストロフィー
などで外出もままならない方に、計算の勉強は無意味か?いやもっと言えば
因数分解や微積分は・・・

 ここで大事になってくるのは「わかること」だと思うのですね。
 「わかる」「理解できる」喜びってそれこそなんて言うか「生きてて
良かった」につながってくることじゃないかなあ、と思うのですね。
例え直接「生活」に結びつかなくても。

 もちろん、ここで言いたいのは「だから微積分の授業をしましょう」
ということではありません。「わかる」ってことはそれほど大事なんだ
よなあ、ってことです。

 また例えば外から見てて「なんで小学生にボルトにナットをつける
ような面白くもない授業なの」っていうことに関して、ひょっとすると
本人はやることがよくわかって「面白い」のかもしれない・・・

posted by kingstone at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

きみもきっとうまくいく

 大昔に障害児教育フォーラムの本・雑誌の紹介コーナーに書いたものです。








を読みました。ごっついええです。
で、何より題名がいいっす(ニコ)

大きく分けると4つの部分からなります。

1.自分をチェックする。
2.人に助けてもらえること
3.自分でできること
4.お父さん、お母さんとやる特別プロジェクト

 お子さんが小さい場合は、保護者の方に読んでもらうのが
いいかも。(いったい何年生くらいから本人が読んで解決の
役に立てることができるだろう・・・)

 ところで保護者や支援者の人への呼びかけのところに
こんなことを書いてはります。

(引用開始)
 次に、本書ではお子さんが読む部分の文章には、ADDや
ADHDという語を使わないようにしていることにお気づき
になるでしょう。それにはいくつかの理由があります。
子どもや大人の研究が進んでくるにつれ、彼らの問題には、
非常に複雑な神経発達の問題が関わっていることがわかって
きました。ADHDというラベルだけではとても説明しきれない
のです。現在ADHDと診断されている子どもたちには、さま
ざまな多様性が見られます。どうみても重大な注意障害が
ありながら、ADHDの診断基準にあてはまらない子どもたちも
いますが、彼らに支援や介入が必要なことはいうまでもあり
ません。このラベルを貼らないことによって、注意力、集中力、
衝動性、多動性に問題をかかえているすべての子どもたちに、
手を差し伸べられるようになるでしょう。
 しかし何よりも、子どもたちには「ADHDという病気」だ
とは思い込ませたくないのです。子どもたちに必要なのは、
彼ら特有の注意力、衝動性、多動性に関する問題への周囲の
理解を深め、可能な支援を得ることなのですから。
(引用終了)

 なるほどなあ・・・
 もちろん、これも大人になる過程のどこかでは、ADHDと
言う言葉やその周辺について学ぶことが必要になるのでしょう
が。

 ただそうだとすると、この本の題名に「ADHDワークブック」
と書いてあるのは・・・しかしそう書いてなければ私は本屋さん
で手に取って見ることもしなかったかもしれないし・・・

 うーーん。

関連発言
叩かれていた子の例3
posted by kingstone at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月18日(日曜日)

 おはようございます。

 起動しようとしたら・・・

 電源が入ったままだった・・・

 シャットダウンするのを忘れて寝たみたいです。

 いい天気です。
posted by kingstone at 08:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする