私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月16日

もうひとつの逆説

 大昔に書いたものです。
 同じようなことばかり書いてます。


 もうひとつ逆説が起こります。

 > 「そのままでいい」とやっているうちに「そのままでなくなる」わけです。

 でも「そのままでなくなる」ことをねらうと失敗する、という逆説(?)です。

 ほんと「そのままでいい」んですよね。
 で、そのままならそのままでいい。
 でもたまに「そのままでなくなる」それはそれでいい。
 どっちもいいんです。
posted by kingstone at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そのままでいいのさ

 大昔に書いたものです。

 私はTEACCHの勉強をしていて、TEACCHプログラムを参考にして実践しようと
する方から「自閉症のあなたは、そのままでいいのですよ。認知の障害があって
もいいじゃないですか」というメッセージを受け取ります。(応用行動分析も
そうかもしれない)

 これは、例えば「問題行動」があって、それをそのままでいい、ということ
ではありません。ただ「問題行動」を起こすには「状況がわからない」「何を
していいかわからない」などの認知の障害に基づいたあれこれがあり、その
認知の障害はそのままでいいんだ、ということですね。

 そして、その認知の障害を抱えたまま生きていくために、支援する物として
カードや具体物やそれらを使ったスケジュールがあったりするわけです。で、
それによって「問題行動」が無くなったり減ったりする。

 しかし、やっていてここにひとつの逆説が生じる場合がありそうです。

 それは「そのままでいい」「認知の障害を抱えたままでいい」ということで
あれこれやっているうちに、例えば周りの状況の受け取りが良くなったり、
いろいろな概念が身についたり、認知そのものも良くなったように見える場合
が出てくる。なんか、そういうことがありそうだなあ、と思っています。
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 でですね、これって・・・実は例えばロジャース派のカウンセリングなんか
でも、同じ構造があるんじゃないかなあ。(ただし対象は自閉症者では
ありません。今、ここで書いているのはあくまでも「自閉症的な認知の障害」
の無い方の場合に限らせて頂きます)

 つまりね。ロジャース派のカウンセリングは「共感的理解」ということで
「今そう感じているあなたはそのままでいいんですよ」というメッセージを
相手に伝えるわけですね。(言葉だけとは限りません)

 でその中でクライエントは「成長」し「自立」していく。

 「そのままでいい」とやっているうちに「そのままでなくなる」わけです。

ここにおいて私にとってTEACCHも、応用行動分析も、ロジャース派の
カウンセリングも同じものとなります。
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 さて、ではロジャース派の人の前にクライエントとして自閉症児・者が
現れたらどうなるでしょう。

 まずたいていの方は「視覚支援」の勉強などはされていません。
 環境の調整とかいう点について勉強されてる方も少ないとは思います。
少なくとも10年程前に私が一生懸命勉強していた頃にはそういうことは
話題になりませんでした。環境の調整などはせずにひたすら相手の言葉に
耳を傾けるということが重視されていたように思います。(もちろん自閉症
の方を対象にはしていない上での話です)

 そこに自閉症の方が現れる。きっとロジャース派の方は様々な違和感を
感じられると思います。さて、でロジャース派の方が大事にしていること
があります。それは「今、ここ」の重視です。

 で自閉症の方と向かい合って「今、ここ」を大事にしようとすると、
これはもう「視覚支援」とか「構造化」の勉強を始めないわけには
いかないのじゃないか、と思うのですね。

 あるいは、これは私が勉強していた頃もいろんなところに書かれて
いたのですが「自分よりももっと適切な人がいる、と思ったらそこを
紹介する。決して無理に取り込まない」ということの重視もあります。

 つまり相手が自閉症の方だとわかり、自分よりももっと環境の調整など
自閉症の方への援助に役立つ方がおられると判断したら迷わずそちらに
紹介する、そういうことですね。
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これは私の「願い」の部分が大きく、現実は決してそういうふうに
推移していないかもしれません。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 少なくとも現在のスクールカウンセラーさんの活動の情報を集めて
みると「診断」というか「自閉症」とか「アスペルガー症候群」とか
「ADHD」とかいうふうに「見る」ことは多いようです。昔はそれ
すらも否定されることが多かったですから。

 ただ支援の仕方をご存知かどうかはわかりません。

posted by kingstone at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

動けない人

 自閉症で動けない(動かない?)人を何人か知っています。

自閉症の生徒を押さえ込んだ話」の生徒もそうでした。

 よくしゃがみこんで常同行動をしていました。

 それを教師は、教師が決めた時間割に従って移動させるために、ごぼう抜き
にして立ち上がらせ、押して移動させるというのが普通でした。

 またスクールバスから下りられない場合は、力の強い先生が引きずり出す、
というのが定番でした。

 そういう指導がますます動けない人を作っているようでした。どっちが卵か
鶏か、という問題はありますが、余計にこじらせているのは確かでしょう。

 「自発的にやりたいと思える活動が無い」(同じことですが)「選択できる
活動が無い」「表現する手段を持たせてもらえない」「無理矢理動かされる」

ということが続いていたからだと思われます。


 
 C君について。

 私が担当してい、また私の目が光っている(?)時は「目で見てわかる」
「自発的な動きを待つ」「拒否を認める」「表現する手段を持つ」などをやっ
ていました。

 私がいなくなった年に、すべて外されました。

 しかしその次の年には学校全体で「目で見てわかる」ようには取り組まれ
始めたみたいです。少なくとも「写真を使った全体向けスケジュール」は始
められていました。でも「自発・・・」以下はやはり無かったようです。

 そうこうするうちにC君は「動けない人」になってしまいました。

 薬での改善が試みられました。少しは効果があったかな。もちろん、必要
な時には薬の助けを借りてもいいです。しかしそれはちゃんと環境を整備し
た後のことです。


 まあ、上記2例、「科学的根拠を出せ」と言われたら困るわけですが・・・


 でも周辺に「動けない自閉症の人」いませんか?
 当てはまっていませんか?

動けない人2
posted by kingstone at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いつまで(カードを)使うのか?

 大昔の話です。

 学年打ち合わせをしていて「kingstoneさんはあの子たちにいつまでカード
を使わせるつもりなの?ずーーっと?」という質問が出ました。

 それに対して私はこう答えました。
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「もうそれは、一人一人の子どもによって違って来ます。例えばA君、最初は
カードやVOCAをずーーっと使わないといけないかなあ、と思ってやって
いましたが、A君がどんどん変わってくるというか、使わなくてもいける
んじゃないか、という感じがしています。

 C君は現時点では表現を広げるためにもいっぱいカードなどを使っていく
方がいいし、またずーーっと必要かもしれない、と思っています。でも、
ひょっとしたら変わってくるかもしれません。

 それから「それじゃ社会一般には通用しない」と思われるかもしれません
が、逆に当たり前にそういった物を使うことを認めていく社会を作っていく
必要があるのじゃないか、と思っています。

 Bさんは、やっと使い始めたところで、本当のところ合っているのかどうかも
よくわからない、というところもあります」
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 上記は当時本当に思っていたのかもしれません。しかし、相当遠慮していた
感じがします。

 今から振り返ると、A君は受容性コミュニケーションは、目で見てわかるもの
があった方が楽です。表現コミュニケーションでは「文で書いたコミュニケー
ションブックをリマインダー(心覚え)」として持っておく、というのが良さ
そうです。「「あのね♪」についての発言」の例などを知ると、特にそう思い
ます。

 C君については「動けない人」として別エントリーにします。

 Bさんについては、当時まだ受容性コミュニケーションにしか使えていませ
んでしたが、受容性でも表現でもすごく必要だったと思います。

 本当に遠慮しすぎで・・・子ども達に悪かったですね。


posted by kingstone at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

視覚支援することを理解して頂くために出した文書

 大昔の話です。

新年度を迎えて」の直後のことです。

 たぶん公式の、年度初めての学年打ち合わせで、Bさんに視覚支援するこ
とを新担任になった若めのベテランさんに断られたものと思われます。っ
ていうか、他の担任全部も「反論」はせずとも「使わな」かったのですが。

 そして私以外の他の担任さんは「音声言語の指示、指さし、腕を引っ張る、
背を押す」という対応になっていきます。

 もちろん、自閉症の人が幸せになるのなら、こだわる必要は全然ありま
せん。しかし

目の前でお見せしてもなかなかわかって頂けない

のように
−−−−−−−−−−−−−−−
 すると若めのベテランさんは
「自閉症の子は難しいですね。自閉症の子は難しいですね・・」
とうわごとのように繰り返し始めました。
−−−−−−−−−−−−−−−
なるのですから、なにをかいわんや、です。この文のAさんが「過去の記事
シリーズ」のBさんです。

 自信があるから、反対したのじゃ無いのか・・・


 以下、その時出した文書です。
−−−−−−−−−−−−−−−
                               日付
○年生の先生方へ
                             kingstone

 昨日は学打ありがとうございました。

 その中で先生から「Bさんになんでいきなりカードなの」という疑問が出た
のに対し、ちょっといろんな思いがわいたもので、先生にとっては「そんな
言われ方したら反論も何もできへんやん」と言うような口調になってしまい
どうもすいませんでした。
 本当に私もコミュニケーション障害の一面があります。昨年もなかなか口で
伝えられないので、こんなふうに文にしてみなさんに読んで頂いたりしました。
もし良ければおつきあい下さい。

 で、考えたのですが、ほんと外の人から見たら「いきなり」に見えるだろう
な、と思いました。

 ちょっと振り返ってみます。
 2年前の4月からBさんと同じ学年になりました。この頃のBさんは手を
引っ張れば座り込む。何かをさせようとすれば手を振り払う。また上手に
やりとりしてよく人間関係のとれた方となら比較的いろんな活動ができるが、
それ以外の方とならもひとつうまくいかない、そんなところがありました。
私となど、とてもとてもです。

 そんな中で私はBさんと「グループ別学習」の「言葉・数グループ」を担当
することになりました。最初は「とんでもない話やなあ。Bさんにそんなこと
できるわけないんちゃう」と思っていました。実は私が風疹で休んでいる間に
人選が決まっていたのです。 でもいろいろ課題をやってみるとパズルなんか
は得意なのだなあ、というのがわかってきました。しかし「グループ別学習」
の勉強に行こうと誘ってもなかなかBさんは来てくれませんでした。あっち
こっち遊び回り逃げ回っていました。

 2年前の10月に研修に行ってから「自立課題(ひとりでする課題)」のやり方
で学習に取り組み、机マークカードを使うようになりました。これは声かけも
しながら机マークカードを渡して学習する机のところにやって来るように
教える、というものです。しかしこれにしてもなかなか来てくれませんでした。
しかたないから手を引っ張って座りこもうとするのを連れて行ったりしたことも
あります。

 2年前の12月頃、中庭のブランコで遊んでいたところででいるところで渡そう
としたら、「ンッ!」と声を出し、手を「あっちへ行け」というふうに激しく
振りながらパッと離れて行ったことがありました。周囲で見ていた先生方から
大笑いされました。

 昨年の3月、教室で本を見ていたBさんに「机」カードを見せると「ンッ!」
と声を出します。また「やだよ」と怒ってるのかなあ、と思ったのですが、
本を置き、カードを手に取りました。教室から出て自分で靴をはき、一人で机の
ところに行き、封筒にカードを入れ、イスをひいて着席しました。この間、声に
よる指示はいっさい無しです。

 そして「早く課題を出せ」と言うように「ンッンッ」と言ってました。
(これはしばらく無視していると自分から課題の入ったカゴに手を伸ばし
ました)

 すごく嬉しかったです。

 この後「机」カードを渡すとスキップするように走って課題学習をする机の
ところまで来るようになりました。

 しかし、これだけBさんに「視覚」を使った手がかりが有効かもしれない、
ということがわかってもまだ私はなかなか他の部分では使おうとしていません
でした。「どんな準備をしていいかわからない」「どんな場面で使ったらいい
のかよくわからない」というのが大きな理由でした。いや、基本的に私は
怠け者だ、というこがあるのかもしれません。もっといろいろ試行錯誤する
べきだったと思いますが。

 昨年の9月になって「移動にカードによる指示を使ってみよう」とA君と
C君に試み始めました。まず「体育館へ」は全員使ってみました。教室へは
最初はA君とC君だけでした。そこで有効でしたので(一人で教室に帰ることが
できるようになった)Bさんにも課題学習の部屋から教室に戻る時に使って
みました。いくら「終わりだよ」と言っても手を引いても動こうとしなかった
Bさんが、すっと立ち上がって教室に行きました。

 また先日もお伝えしましたが、昨年10月ターザンごっこの時に声をかけても
動かない、声をかけながら手を引っ張ると反対方向に逃げようとする、そんな
Bさんに体を固定するための布を見せるとさっさと立ってターザンの台の方に
やって来ました。これは誰がやっても同じことができました。

 昨年11月22日にモップ掃除に行こうよ、と誘った時にBさんは怒って
いました。そこで写真を見せるとすっと一緒にモップのところまで来て、
モップを見るとやることがわかってモップを持って行きました。

 これまでのところを見ていた新人Bさんが「Bさんにはもっとこんなことが
必要かもしれませんね」とおっしゃいました。そしてこれ以後、新人Bさん
がいろんな写真を用意して下さいました。ロッカー、着替え、たたむ・・・
これらはひとつずつ先生が持っていて見せていました。そしてひとつひとつに
手応えがありました。

 うまくいくので新人Bさんと「何でもっと早くからやっておかなかったん
やろなあ、なんて気持ちになるね」と話し合ったものです。
(そういう意味で
私は本当に怠け者だと思います)

 またBさんの場合、ひとりでの課題学習の時は「上から下に順番にする」
ということを理解してできるようになってきていました。(これも最初は
なかなか理解できなかったようです)

 そういうことをいろいろ考え合わせ、将来の自立的な活動にむけて
「上から下」へのスケジュール形式を今年の2月頃に取り入れてみた
わけです。

 外から見れば「いきなり」に見える、カードの提示にもこれだけの積み重ね
があるわけです。またBさんのための様々な視覚支援を作られたのは最近では
すべて新人Bさんです。

 カード(と言うより視覚支援ですね。人によってはまたBさんの場合も
具体物を使った時もありますから)が有効だったことについて書きました。
しかし逆に「危険性」も考えておく必要があります。

 自閉症の方の場合「視覚に強制された行動」というものが出る場合があり
ます。「嫌なのにしてしまう」という可能性もあるわけです。それを防ぐ
ために「選択肢を用意する」「本人が本当にしたがっているのか一生懸命
感じ取ろうとする姿勢」はやはり大事なものだと思います。

 まあ、Bさんの場合、本当に嫌な時はカードを見せても放り投げます。
そういうBさんっていいなあ、って思います。

 人間関係をすごく上手に作ることのできる方の場合、こんな方法は必要
無いのだと思います。しかし「誰にでもできる方法」があって、その上で
さらにいろんな人間関係がある、それでもいいんじゃないかな、という
気持ちもあります。

 また感受性の鈍い、人間関係作りの下手な、そんな私でもやりとりできる
方法がある、そんな私の存在も許される、そういうことであってくれたらなあ、
という願いもあります。


posted by kingstone at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウェストポーチに入れていたもの 自閉症の人に伝えるために

 大昔の話です。

 当時の私は、自閉症の人に何かを伝える時用に、常にウェストポーチをして
いました。

 そこに小さなノート、白紙、黒サインペン、赤サインペン、黒ボールペン、はさみ、
セロテープ、デジカメ、ゴールドカード、トランジションカード(スケジュールのとこ
ろへ戻ってねカード)、コミュニケーションブック、ビニールテープ等を入れて
いました。

 いつでも、どこでも、「見てわかる」ように伝えられるようにです。

posted by kingstone at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

かさぶた

 大昔の話です。

 さて始業式。
 担任発表がありました。
 今年も私は昨年担当した子どもたちを担当させて頂けることになりました。
 直接の「担任」は少し変わりましたが、学年全体で子どもたちを見ていく
ので、まああんまり変わりません。さてどんな展開になるかすごく楽しみです。

 始業式の時、まあ話を聞くことにはあまり参加していないA君、私の指の
かさぶたを見つけて取ろうとします。A君やC君は自分のも他人のもかさぶた
を取るのが大好き(?)なんです。

 で、私あわててウェストポーチから小さなノートを取り出しました。そし
てまず「かさぶた」と書き、発音しながら私のかさぶたを何度も指さしまし
た。

 そして「かさぶたをとるといたい」と書き、痛い様子を何度かしました。

 次に「かさぶたはとらない」と書きました。

そしたらA君、「はっ」と言って笑い、かさぶたにこだわらなくなりました。

 うーーん、こんなふうにやりとりできた感じは初めてじゃないかなあ。

 (でも、否定形ですね。肯定形にするにはどうしたらいいんだ?
  「かさぶたはそのままにします」かな?)



posted by kingstone at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事

 「過去の記事シリーズ」の7か月間は終わりました。

 私も何か「つきものが落ちた」感じもあります。

 まあ、後は時系列むちゃくちゃで、いろいろ書いていこうと思います。

posted by kingstone at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大学の入学式で

 先日、息子の大学の入学式に行って来ました。

 もちろん(?)息子とは別行動ですが。

 私自身は自分の大学の入学式には行きませんでしたね。
 そもそもそんなものあったのか?(あったんだろうな)

 入学前に障害学生への対応の冊子が送られて来ました。

 身体障害、視覚障害、聴覚障害の方への対応は充実しています。
 学生ボランティア組織もあります。

 入学式でも、すべて手話通訳がつき、字幕がついていました。
 校門近くに大きなテントがあり、かっこいい車イスに乗った複数の学
生らしき人とたくさんのボランティア学生らしき人たちが談笑していま
した。

 入学式を見ながら、アスペルガー症候群や高機能自閉症の方も一定数
いるんだろうな、と思っていました。そういう人への対応はどうなるの
だろう。

 何か困ったことが起きたら、学生相談室へ、ということになるのかな。
 学生相談室の案内には担当カウンセラーの人たちの紹介文(エッセイ)
が載っていました。感じとしてはみなさんクライエント・センタードか
な、という感じでした。もちろんそういったアプローチも多くの学生に
とって有益でしょう。

 ふーむ。結局、助けになるのは友達かな?
 学生時代って損得抜きで援助してくれる友達は多いような気もします。


posted by kingstone at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都女子小学生殺害事件判決と使用者責任

京都女子小学生殺害事件判決と使用者責任について

京都女子小学生殺害事件判決と使用者責任
塾講師小6女児刺殺事件

 もちろん本人が犯した罪は償わないといけないと思います。
 しかし「使用者責任」なあ。

 雇用する時に「障害について」正確に伝えなければならない、とかなったら
たいへんだし、雇用する側が雇ってくれなくなるかもしれない。

 私だって退職後、働きに行った時、履歴書に「うつ」なんてことは一言も書
かなかったし。

 荻野受刑者の場合は「アスペルガー症候群」よりも当時の「妄想様観念」の
ほうが問題だったということのようですが。

posted by kingstone at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

叩かれていた子の例4

 大昔の話です。

 特別支援学級担任の頃。

叩かれていた子の例3」の続きです。

 もう随分後、いろんなことがうまく回りだした頃、お母さんと話していた
時にこんな会話になりました。

私「お母さんの、虐待じゃないよ」
しばらくして
母「私、やっぱり虐待してたかもしれん」

 むつかしいところですね。
 私は「(過去に)叩いてた」ということはしっかり認識していたけど、お母
さんに「それ虐待やで」とは言えなかった。そして思わず出した言葉でお母さ
んが「認識」しはじめて下さった。(と言っても、その前に様々なことがあっ
ての上ですけど)

 これより以前に校長に「虐待です」と報告して「あれは虐待では無い、しつ
けだ。お前が間違っている」と怒鳴りつけられ、こちらのメンタルヘルスが、
かなり悪くなったりしたこともありました。

 これ以降、私は校長に「正確な報告」はしないでおこうと心に決めました。

 私は「場によって、人によって言い方を変えていく」必要があると思ってい
るわけですね。

 まあそんな体験から
虐待についての大昔の話2
のやりとりになっていくわけです。

 もちろん、最近の親から子(特に1歳児未満)への虐待関連のニュースを
見てると、上記のことなんかは全然あてはまらないのでしょうが。






posted by kingstone at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月16日(金曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 曇りです。
 昨日に続き寒そう。
posted by kingstone at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする