私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月06日

過去の記事144(給食指導その後2)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月9日


給食指導その後2


 > とりあえず今までの「半分」カード以外に「のこします」のカードを今日
 >作ってみたので、明日から使ってみるつもりです。しかし、よくわかんない
 >かもしれない。

 今C君と並んで食べています。
 今日は「ごはん」「ハッシュドビーフ」「ごまめ」「ゼリー」「牛乳」でした。

 で「いただきます」の後、C君止まってました。
 「ハッシュドビーフ」を勧めるとスプーンで表面をさわってちょっとなめる
けれどあまり食べません。そこで「半分」カードを彼に見せました。すると
指さします。(しかし私が指さしたから指さしただけかもしれない・・)

 で、半分減らしてあげると、さっきよりはたくさんすくって食べ出しました。

 「ごまめ」はちょっとずつ自分から食べています。

 で「ごはん」に手をつけないので「半分」カードを示すと・・・なんと
「のこします」カードを自分で出して示します。「のこします」カードが
わかっているのだろうか・・・今日はじめて着けたところだし説明ももちろん
していないのですが・・・・

 でも「えーーーい」と思って「ごはん」を全部お盆から出してしまいました。

 私は表情を捉え損ねたのですが、周囲で見ていた先生が「出してあげたら
ものすごくほっとした顔をしたよ」とおっしゃってました。

 「ごはん」は週1〜2回ですが、全部「のこします」を何度も続けるよう
だったら「半分」カードを示して「ちょっと食べてみたら」とやりとりして
みようと思っています。

 結局「ごまめ」は自分で全部食べてしまい、「ゼリー」は「ゼリーもあるよ」
というふうに手で示すと開けて嬉しそうに食べて「牛乳」はやはり手で示すと
これは嫌そうに全部飲みました。

 うーーん、嫌なら残してもいいんだよ、ということは伝えたいし「のこします」
カードを示せば飲まなくてもいい、という対応をするつもりでしたが・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 C君は過去に「無理矢理食べさせる」「牛乳を無理矢理飲ませる」という「指導」
を受けてきています。

posted by kingstone at 20:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事143(アクティブ・マイノリティー2 そっと尋ねて来る)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月9日


アクティブ・マイノリティー2 そっと尋ねて来る


 あはは、吹っ切れちゃってるのでいろんなとこでアクティブ・マイノリティー
としての意見を言わせて頂いてます。これって今までの私のいろんな苦しみが
整理されずに出てくる場面もあるので「会議」の中で聞いてる方は、わけが
わからなかったり、しんどかったりする場面もあると思います。

 でも会議が終わった後、そっと教室を訪ねてきて「kingstoneさんので
いいと思う」とか言って下さる方たちも結構いたりします。

 また「変えないといけないと思っていても、どうしていいかわかんない
人って多いと思うんです。誰かが言ったらついてくんだけど」という言葉
もお聞きしました。私も「ついていきたい」んだけど(笑)

 「言いっぱなし」になるかならないかわかんないですけど、とにかく
言ってみることって大切だな、と思いました。ほんとまとまってない
んだけどね。
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追記
 「会議の終わった後、そっと教室を訪ねて来て・・」というのが何とも(^-^)

posted by kingstone at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事142(子どものことを語り合う時間)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月9日


子どものことを語り合う時間


 >気の合う少
 >人数で子どものことを語り合うという機会が減ってきていると・・。

 そうですね・・・この時間って大事ですよね。どうしたら作れるのだろう。

 現在のわが学年は、よるとさわるとみんなで子どもの話をして時間が過ぎて
いく感じです。ありがたいことです。ひょっとしたら学校の中でかなり異質な
空間をいつも作り出しているかもしれない・・・

 「趣味」の話だとか「テレビ」の話だとかが主になっちゃうとどうしても
私は関わらずに過ごそうみたいになってみんなから離れてしまうことも多か
ったですから。
posted by kingstone at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事141(統一された対応か、職員一人一人の個性に任せた対応か)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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追記
 先に追記から。

 ある特別支援学校の教師(実績を上げている方です)から
「学校においては指導は職員一人一人の個性に任せた(役割分担された)
 指導が良い」という意見が出ました。

 それに対し成人施設の責任者で、応用行動分析にもTEACCHにも
詳しい方から
「その個性に任せた(役割分担された)指導というのはちゃんと計画さ
 れ綿密な打ち合わせがされているのか。問題行動を起こすような人が
 いる場合、職員は情報交換をして、誰もが同じ対応をとるのだが」
という意見が出ました。

 それを受けてのものです。
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 12月9日


統一された対応か、職員一人一人の個性に任せた対応か


 役割分担について、職員一人一人の個性に任せた(役割分担された)
指導というような言い方は、確かに特別支援学校の現場でも多いです。
「なぐさめ役」「叱り役」etc.

で、こっからは○○さんに関わらない私の意見ですが・・・

 キャラというかとにかく本人の性格に合わないことはやっても無理な
だけ、というのはありますね。しかし・・・キャラという以前に「方法」
を知らない、というのも多いか・・・

 > 目標は、明らかに誰
 > もが対処できる方法を探る方向に向かなくてはいけませんよね。

 ですよね・・

 私の学年・・・担任はそれぞれのキャラ(なぐさめ役、叱り役、とか言う
のじゃなく)を出してのびのびやってるとは思うなあ。去年は私は自分を
殺していたと思うけど・・・

 会議では私が大まかな方針を出すけど、それについての細かい意見は
みんないろいろ言ってくれてるなあ。でとりあえず対処法はみんなで
相談してやってます。

 >障害児者施設だけではありませんが、人の介護や支援を仕事にしている職場で、
 >打合せもしないのにレアなケースをひとりじめしてしまう職員(例:いつも泣い
 >ている赤ん坊をおんぶするだけで1日過ごしてしまう保母、いつもアルツハーマー
 >タイプの高齢者の横につき添い施設内を歩き回るだけで一日過ごしてしまう職員
 >など)の職務は、しっかりと管理(例:職務分析に合わせて職員間で大枠の業務
 >分担を行う→それでもダメならその人個人に具体的な職務スケジュールを提示す
 >る)しないと職場のモラールが低下してしまうと私は考えています。

 これってよーく考えないといけないですよね。別に「打ち合わせもしないのに
ひとりじめ」ということでなくて、無理ないよな、と思える場合でも、とにかく
解決法をあれこれ相談してみたら解決できる部分があるかもしれない。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 ここでも書いていますが、ここまでの「過去の記事シリーズ」でも、ある程度
答えが出ていると思います。「ある部分統一され」かつ「個性を出した」指導。
また最後に書くかもしれません。




posted by kingstone at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事140(自立課題学習とnewskillの学習を並行して行う)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月8日


自立課題学習とnewskillの学習を並行して行う



 午前の学習の形態をまた少し変えようとしています。

 で、いろいろあって自立課題がある程度(5分でも)できる子どもたちを
1室に集め、自立課題をさせながら教師と1対1の勉強(NEW SKILL)の
勉強をしようと考えています。

 今日は初めて試みてみました。

 昨日、いろいろ課題をカゴに仕込み並べておきました。

 1対4あるいは5を目指す必要があるかな、と思ってますが、今日は
途中まで私とA君とBさんという1対2でした。途中から交流から帰って
来たC君が自立課題のみで参加しました。

 で今までは課題が終わった後の休憩は隣の教室で休んでいたのが、
隣の教室では別の勉強をしているので自立課題をやってる教室にコーナー
を作ってそこで休むことにしました。

 予想どおりA君が「教室で休みたい」とかなり強く主張しました。
 今回はこれは認めませんでした。ちょっとぶつぶつ言ってたけど、
レゴを出すとそれを作って遊んでくれてました。(しかし・・・
本人にとって遊んでることになってるかどうかはわかんない)

 うーーん、教室の構造化にもう一工夫必要だし、いろんな事態も
起こるし・・・子どもを増やしてももう一人教師が欲しいかなあ。

 あと、教材をもっともっと考えないといけない・・・
 ほんま目がまわります。

 施設なんか、どんなふうにやってるんやろ。
posted by kingstone at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事139(視覚を使う)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月8日


視覚を使う


 Bさんの担任は新人Bさんです。
 新人BさんがBさんに「写真を使えないかな」と考え出しました。

 着替えのさいなど、まあいろいろうながしながらやってるのですが、
いろいろ思うところがあったのでしょう。女の子の着替えのことなので
私はノータッチだから事情は詳しくはわからないのです。

 で、昨日からいろんな場面をバシバシとポラロイドで撮影しました。
(ああ・・・心臓に悪い・・・1枚180円・・・でも今回のフィルムは
学校で買ってもらったものだから自分の懐は痛んでないのですが、
それでも・・・)

 で、今日それを見せながらやってみたら・・・
新人B「効果あります。すごいです」

 もともとの事情がわからないので何がどうすごいのか私もよくわかん
ないのですが・・・ただ例えば遊んでしまってたらそれを中断するのは
不機嫌になる、とか意味もわからず動かされてるようだ、とかいうよう
な点が改善されるということだと思います。

 で新人Bさんと二人で「A君やC君のカードと同じで、(うまくいかな
かったものもたくさんあるけど)うまくいくと、何でもっと前から
やってなかったんやろ、と嬉しくもあり、悔しくもありやね」と
話し合いました。

 また新人Bさんが「ポラロイドってきれいに撮るの難しいですね」と
言うので「デジカメで撮るとゆうづうがきくからはよパソコン買い」
と言ってしまいました。


posted by kingstone at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事138(言葉の問題  教室の構造化)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月7日


言葉の問題  教室の構造化


 さて「受容」に限らず「○○」という言葉で、現場では無茶苦茶誤解して
使い、行動してること、多いですね。ま、あんまし言葉の定義にはまりこむと
やっかいすね。

 私はロジャースが好きですから「受容」について語りだしたら、なんぼでも
語りますけど(笑)

 今日もまたしこしこ教室を構造化してました。またまたかなりシステムを
変えていっているので子どもたちがパッとわかってくれるかな・・

posted by kingstone at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事137(給食指導その後)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月7日


給食指導その後



 > Bさんが時間がかかることについて「後10分」「5分」「おしまい」の
 >カードを出してみる、というの。親御さんの許可も取り、やってみました。

 ずっと続けています。するとなんだかんだで別にカードを出すまでもなく
食べてしまうこともあります。またカードを出したら出したで早く食べること
もあるし「おしまい」カードを出すとほっとしたような顔をすることもあるし。

 「せかす」ためでなく、これを使うことでBさんが時間が「わかる」という
面もあるかもしれないし、また食べない時本当は「のこしたいのじゃないか?」
というふうにこちらの理解も深まりそうです。

 「のこしたい」については、何からの方法で意思表示ができたらいいな、って
話し合っています。

 C君については、新人さんから「食べるきっかけ」をつかめない、というこ
ともあるけど時間がかかるのは嫌いなものを無理して食べてる、って面もあ
るかもしれないね、という報告がありました。

 例えばパンを食べずに見ているので、半分にへらしてあげると困ったような
顔をする時もあるし、またへらしてあげようと手に取るとパッと取って食べ始め
るのですが、それがとても嫌そうな顔をして食べてたりすることもあるのです。

 ひょっとすると「全部食べなければならない」とこだわっているのかも
しれない。

 とりあえず今までの「半分」カード以外に「のこします」のカードを今日
作ってみたので、明日から使ってみるつもりです。しかし、よくわかんない
かもしれない。

 またC君にとって意思表出するのはつらいことなのかもしれない。その場合
は「黙ってそのまま残してもいいんだ」ということを何らかの形で伝えたいと
思っています。

 A君には「のこします」を言わせてるんですけどね。
 ひとりひとり違った指導、というわけです。


 そうそうC君にしてもA君にしても最近カードを腰にぶら下げはじめました。
(マーキュリーライジングの影響です(笑))で、二人とも暇な時に興味深そう
にめくって見てることがよくあります。

posted by kingstone at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事136(めちゃ怖かったり不気味だったりへの代案)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月5日


めちゃ怖かったり不気味だったりへの代案


 > ここはジレンマですね。ただ、その方がパニックを起こしたり、自
 >分で何をどうして良いか分からないとき、早くその状態から「我に返
 >る」というか「落ち着く」というかに移行してもらうときには「それ
 >を超えるようなインパクト」の存在が手っ取り早いのは事実です。こ
 >ういう言い回しだと誤解を与えるかもしれませんが。

 いえいえ、私にはよくわかります。
 で、逆に「よくわかれば」インパクトがなくてもいいわけですよね。

 またパニックにならないように環境を整えていれば・・・

 私の周囲では「教師の言うことをきかない時に」「教師の意図どおりに
動かない時に」私など情けない教師ではできない「叱り方」をする方も
おられるので・・・○○さんの言われる「叱る」「不気味」とは根本的
に違うのかもしれせまん。

 >>> 私は最近思いだしてるのは、もしそういう方がいらっしゃらないと
 >>>うまくいかない授業や体制はそっちが間違っているのじゃないか、って
 >>>ことです。
 >
 > 世の中というのは、千差万別のキャラクターの方がいるわけです。
 >さっきのジレンマ話とつながりますが、もし「間違い」だとすると
 >「こういう方がいい」という代案がなされなければなりません。表
 >題のとおり、私だってそう思いますが、その代案は浮かばないわけ
 >です。

 私も勤務校の中でぼちぼちと代案を出していこうとしています。
でも、代案を出していくのは結構恐いことですけど(笑)

 もちろん「恐い」「優しい」という言葉、あるいは「叱る」という言葉
実のところそれだけでは何の意味もありません(笑)△△さんの言われる
通りです。そして実は、文字にされていない部分の問題がすごく大きい、
ということは思っています。(あはは、この文の中でも消したところが
・・・)

 私も叱ることを否定するつもりはありませんし、「上手に叱る」ことが
できるようになることを熱望しています。

 私も教師のキャラ(個性)に応じた教育が一番いいと思っています。
 そして子どものキャラにも応じた教育が。
 しかし「方法」についてはできる限り共有していきたいと思っています。
で、これは別に1つに限るわけでなく、協力してやろうとすれば人数分の
アイデアが出てくるものなのだなあ、とこれまた実感しています。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 「威嚇と暴力」を使っている人でもそれを「共有」しようとする人は、
私の周囲ではいませんでしたね。空気みたいなものというか、すでに意
識にものぼらないものになっていたのかもしれません。

 TEACCH的な取り組みについては私は共有しようとしていました。

  
posted by kingstone at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事135(めちゃ怖かったり不気味だったり)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月4日


めちゃ怖かったり不気味だったり


いろいろ考えるとこはあるのですが・・・

 「褒める」にしても「叱る」にしても本人にわかるようにやらないと
駄目だ、というのは確実ですよね。ところで「叱る」あるいは「不気味」が
効果があったとして・・・

 「骨の随にまで響くように強烈に叱る」ことができる人、知ってます。
複数。子どもがピリッとしてなかなかよく言うことを聞きます。で、安全も
確保でき、授業もうまくいき・・・

(○○さんの場合は「そういうやり方じゃない方がいいみたい」と
気づいて下さった、という方でしたが。で、上記の方には私の苦手な方も、
そうでない方もいらっしゃいます)

 さて、その方の言うことは聞くけど、他の方の言うことはきかない、って
事態もよくあります。で「やっぱりああやらないかん」というような話に
なったり「私とやったら大丈夫」というような話になったりするわけで。

 でも、そういう人がそのお子さんが成長する課程でずっとついていく
ことができるのだろうか。卒業して社会に出た時もそういうふうに叱ったり
不気味だったりする人が「必要」である、という体制をとらないといけなく
ならないのだろうか。

 私は最近思いだしてるのは、もしそういう方がいらっしゃらないと
うまくいかない授業や体制はそっちが間違っているのじゃないか、って
ことです。

 もちろん「叱る」あるいは「不気味」がうまく作用して他の方との
関係も良くなる、というのであれば何も言うことは無いわけですけど。

 で、私自身は「情けない私」でもできる「方法」であれば、それを
伝えることができれば他の方でもやって頂けるだろうなあ、ってこと
なんですけどね。

 まあこれが言うはやすく、やるのはむつかし、というやつですけど。
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追記
 「授業もうまくいき・・・」と書いていますが、ほんとにうまくい
っていた授業なのか、子どもが「わかって嬉しい」「やった!」みた
いな授業だったのか、疑問です。

 わからないけど、とりあえず静かに座っておこう、になってなかっ
たか。

 また「怖い」と当時書いていますが「威嚇と暴力」であったりした
わけです。目の前のことを正確に書かないと議論にならないですね。


posted by kingstone at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事134(講師の言葉 言葉なんか教えてはいかんのです2)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月2日


講師の言葉 言葉なんか教えてはいかんのです2


 ○○さん、こんにちは。

 あははは、フォローありがとうございます。

 あっ、そうか。他の会議室の発言を読んでみると△△さんは現役の教師さんで、
「言葉の指導」もやってはって、で、私の発言を読んで???になったのかな。
あり??「学生」さんか・・・。まあ、○○さんの指摘して下さったところ
なのかな、という気がしてきました。

 まあ講演をされた方のお気持ちというのは実際のところよくわかんない
わけですが・・・

 でも、私自身も講師の方が「言葉なんか教えてはいかんのです」と
おっしゃったのには「あれれ、そこまで言っても、しかも条件説明もないまま
言ってもいいのかな」とは思いました。言いたい気持ちはよくわかるとしても。

 あっ、そうか、「言葉」よりも「感情の交流」みたいな部分が大切なんだよ、
というようなあたりが条件説明なのかな???

 ○○さんの比喩に従えば「クメール語」を、日本人に、実際に相手と伝え合
うような場でなく、テープだけを聞いて、それを反復して言いなさい、みたい
な指導を念頭におかれての言葉かなあ、とは思ったのですが。あ、それと本人
がやりたくない気持ちなのに無理にやらせる、みたいな情景もあるのかな。

 まあ、もちろんこの方の言いたいことの柱は別で、私の引用した部分は
ほんとの枝葉末節です。

 で、私自身にしても、特別支援学級や特別支援学校の指導でも、確かに
「言葉のみ」を教えよう、みたいになりがちなとこはありますから。
伝えたり、理解できたりする喜びがおろそかになってね。

 で、講演者の方はそこを言ったのか??よくわかんないです。

 まあ、私だったら決して「言葉なんか教えてはいかんのです」とは
言わないし、実際にやってるし、だからこそ「私のやってることを見せたら
ごっつい怒られるんだろうな」と書いたわけですけど。


posted by kingstone at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事133(講師の言葉 言葉なんか教えてはいかんのです1)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月1日


講師の言葉 言葉なんか教えてはいかんのです1


 先日、ある方の講演を聞きました。その方の我々聴衆に伝えたかったこと
の柱は別なのですが、講演の中でボソッと「言葉なんか教えてはいかんのです」
とおっしゃってました。

 その方がそうおっしゃりたい背景というか頭に思い浮かべておられる場面
というのは想像がつきそうな気がします。でもな・・・そうか・・学校の
教師(特別支援学級や特別支援学校の)に対する講演であるなら、それで
丁度いいくらいになる、ということなのかな。

 まあ、私のやってることをその先生に見せたら、ごっつい怒られるんだ
ろうなあ、と思ってお話をうかがっていました。
posted by kingstone at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事132(A君の音声言語が増えてきた)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 12月1日


A君の音声言語が増えてきた


 「プリント下さい」とか練習させてたA君ですが、お家でも「○○下さい」
という場面が出てきているそうです。たまたまA君がそういう成長の時期で
あっただけかもしれませんが、何か嬉しいです。
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追記
 この「たまたまそういう成長の時期」というの、あるかもしれません。
 「○○の方法をしたら良くなった」という時、気をつけないといけな
い点です。

 ただ、たまたまA君は、翌年、それまでの対応を外され、音声言語での
表出が消えていったので、まるで応用行動分析のABABデザイン『ベース
ライン期(非介入期)・治療介入期・ベースライン期・治療介入期』み
たいに証明できるかもしれません。

 参考「何かがおかしい?(A君の音声言語表現について)」

 でもそういうのって、大きく言えば人道的見地から見て許されないこと
のような気がします。

 A君の場合は、もっと後年、成長の力が大きかったのか、またもや音声
言語をある程度、獲得していきます。

   追記
     これ、当時の担任が「獲得した」と言っていたので
     「不思議なことやけど、そんなこともあるねんな」
     と思っていたのですが、彼が成人し、再び会った時、
     その担任さんが言っていた例を思い出すと、
     「なんだ。私がA君に出会う前の状態と同じやんか」
     と気づきました。
 

 学校の状態はというと、いやな授業場面から抜けたり、彼がうるさいと
思っていると思われる場面(休憩時間で無くても)でポータブルCDを聞い
たりすることが許されるようになっていました。そこんとこが良かったん
じゃないかなあ、と思います。






posted by kingstone at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の信仰告白?

 流れをぶち切って(?)先に書きたいことを書いておきます。
 これができるのがブログのいいところですね。

 私は「TEACCH教」だと言われたり「TEACCHにこだわっている」
と言われることも多かったです。でもなにかピンとこない・・・

 でも「カウンセリング教」と言われたらうなずきます。

 カール・ロジャーズはどこかで
「人間は条件が整えば成長する」
と言うか書くかしてて、私はそれを信じています。

 ロジャーズ自身はそれを科学的に証明しようとしたけど、うまくいか
なかったと思います。

 科学的に証明できないものを信じることを信仰と呼ぶなら私の信仰はこ
れになります。

(と書くと、カウンセリングや臨床心理学をやってはるかたから怒られる
 かもしれませんが)

 で、「今、ここ」を大事にしていたら肢体不自由の人のAACに行きつき、
自閉症の人のTEACCHに行きついたと思っています。

 健常だけれども不全感を持っている人だったら「積極的傾聴」や「共感的
理解」で「耳を傾け」「音声言語や雰囲気で伝える」ことでうまくいく部分
が多いでしょう。箱庭や夢を語ることもいいでしょう。

 しかし、私の目の前にいた肢体不自由児に何かを表現してもらおうと思っ
たらAACがまず必要になりました。音声言語もないし、箱庭を置いてもら
おうったって腕が動きません。

 そして自閉症の人に何かを表現してもらおう、こちらの意図を知ってもら
おう、とした時にTEACCHが必要になりました。

 過去に(今は知りません)カウンセリングをバックボーンとしてもってい
た人と、TEACCH的に取り組もうとした人が対立した、というのがよく
わかりません。

 まあ2000年代になっても高名なカウンセラーが「自閉症は(クライエント・
センタード・アプローチの?)カウンセリングで治る」みたいなことを著書
で書いてたりしたから、しかたのないことなのかもしれません。

 私自身について言えば、障害のある人(だけじゃなくすべての対人関係で
ですけど)に向き合う時、カウンセリングの学習で身につけた知識や態度が
すごく役に立ったのですけれど。


posted by kingstone at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事131(システム 教師の力量?)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月30日


システム 教師の力量?


 > このプログラムとは、TEACCHの導入とかを指してはるのかな? 
 >その子に合わせた学校全体の環境とシステムづくりともとれますね。でも、それらを
 >整備するのも教師だし、お互いを磨いて育成しあうのも教師なので、けっきょく教師
 >次第だと思いますよぉ。なかなかうまくいかないんですが、ゼロでもない。

 その通りやと思います。プログラムというかシステムと、教師と両方必要
ということを思っています。でも至るところで「教師(の力量)」ということ
が言われるので、(で、そない言うたら話はおしまいになるやろ、というような
ところで言われることが多い)私は性格的に(笑)違うことを言いたくなって
くる、というだけのことで・・・・あはは、ひねくれ者やわあ。

 > で、援助がうまくいってると、生徒は通常学級の中でも楽しみや憩いをみつけら
 >れるって言いたかったのでした。けっして苦しみだけじゃない。

 そういうのを見つけていきたいですね。
posted by kingstone at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事130(長男のサッカー 教師の力量?)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月29日


長男のサッカー 教師の力量?


 長男のサッカーの試合について行ってて研究会に行けなくて残念。

 でもサッカーの試合もいろいろ勉強になりました。私の長男、私に似て
運動神経というやつはもうひどいもんです。でも、本人は嬉々として
やってる。親は目をおおいたくなるシーンが続出ですけど。

 こっちはついつい「下手」だとか評価してしまいがちだけど、
とりあえず嬉々としてやってることは認めていかないとなあ、学校でも
そうだよなあ、と思っていました。

 通常学級との行事での交流参加ですが。

 >通常学級の生徒とのつながり、通常学級担任との話し合い、歩み寄り、
 >その他、流れにのせてしまうことで、つい無理をさせてしまうことの反省とか、
 >意外な子供のがんばりなど・・
 
 いろんなことがあるから面白いんですよね。でも以前は

 >以前は特別支援学級の取り組み発表としての独立参加だったのを、

 これがあった、ってのはすごいなあ。でそこから始まっての通常学級への
取り組みである、というのがポイントかな、なんて思いました。

 >失敗するかどうかは教師次第と自分は考えます。

 これ、思わず、うなずきそうになるのですが、「教師の育成」
「プログラムの整備」両方無いといけないわけで、逆に個別に適切な
プログラムがあれば教師にそれほど比重をかけなくてもいいのではないか、
という気もするんですよね。

 ま、今は「どっちも無い」というのがほとんどでしょうが。

posted by kingstone at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事129(自閉症児の就学相談 どこがいいのかわからない)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月26日


自閉症児の就学相談 どこがいいのかわからない


 >そこで、特別支援学校か心特別支援学級か判断に迷うケースでは、
 >どこにポイントを置いて考えたらよいのでしょうか?

 私も本当にわからなくなってしまいました。
 「特別支援学校」か「特別支援学級」かという選択の場合は、それぞれ
その個人の様子によっても違うでしょうし、またその場でどんな教育
が行われているか、によっても随分違ってくるよなあ、と思っていま
す。

 2歳半の発達段階・・・うーん、2歳以下でもやり方次第かなあ、
なんて思います。いろんなことができます。

 だから・・・就学相談・・・むつかしいですねえ。
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追記
 これはある就学相談担当者の方からの相談です。
 もうFAQ(よくある質問)ですね。

 私のは情けない回答です。
 でもこの時のこの方の場合、なぜか
「kingstoneさんでもわからない、ということにほっとした」
というレスを下さいました。
posted by kingstone at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事128(A君が一生懸命やる 新しい課題を用意しよう)

 大昔の話です。

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 11月26日


A君が一生懸命やる 新しい課題を用意しよう


 A君が自立課題学習をした後、「プリントください」と言葉で言って要求すると
プリントをあげていました。ひらがなのなぞり学習なのですが、やりたいみたい
なのに、ちゃんと書かなくなっていました。まあ、これは「勉強」というより、
「課題学習をした後の楽しみ」という位置づけなので、まっいっかあ、と思って
いました。

 実はこのプリント、同じものをかなり繰り返し使っていました。

 今日、たくさん、新しいプリントが用意してあったのですね。
 すると、もう自立課題学習をやってる最中からプリントの方を見ています。
 で、終わってから早速やると・・・

 すごーーく、ていねいに、きちんと書きました。

 猛省・・・・
posted by kingstone at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事127(私以外に対してもできた C君の意思表出)

 大昔の話です。

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 11月26日


私以外に対してもできた C君の意思表出



 C君の「プリント」の写真を教師の手に渡してプリントをする、というや
つですが、今日新人Aさんが「私にもちゃんとしてくれました」と報告して
くれました。

 2学期始まったばかりのころは「写真」が何を意味してるか、とか全然
わからなかったんだもなのあ、と嬉しいです。

 あっちゃ向いてほい、については聞きませんでしたが・・・
posted by kingstone at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事126(視線は忘れたころに合っている)

 大昔の話です。

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 11月25日


視線は忘れたころに合っている


 全文引用したい気分です。でもここだけにしときます。

 > 視線を忘れたころ、視線が合ってると思
 >います。

 いいっすねえ。よーし。
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追記
 これは「過去の記事123(あっちゃ向いてほい 意思表出の時の視線)
に対するレス(返信)をある保護者がつけて下さったものへのレスです。

 ものすごく勇気づけられました。

 そしてその通りになりました。

posted by kingstone at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事125(組織ってすごい  はずだ・・・)

 大昔の話です。

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 11月25日


組織ってすごい  はずだ・・・


 組織ってすごいもんだと思います。それぞれがそれぞれの部署で働いて
一人ではとてもできないようなことをやっていく・・・
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追記
 障害児教育フォーラム上のやりとりですから、ここだけ取り出しても
よくわかんないですよね。

 でも「学校」という組織、機能すればすごいことができるのだと思い
ます。肢体不自由特別支援学校にいた頃の最後の2年間ほど、AACを
理解して下さる方が増えてきて、「組織でやっていく」というのがすご
く楽しくなったことを覚えています。


posted by kingstone at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月6日(火曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 いい天気。
 霞んでいるように見えるのは黄砂なのかな?
posted by kingstone at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする