私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月30日

知的障害児・者対応のヘルパーさんの料金

 今だと、ヘルパーさんが受け取る料金は時給800〜1000円ですが、支払う
方はどんなもんなんですかね。地域にいろんなNPOや社会福祉協議会の
ものなどありますが。

 下記は大昔の話です。


 さる方に札幌の知的障害児・者向けヘルパーさんの料金をお聞きしました。

 ここはもと施設指導員さんが独立して開業し、それまでのコネで
退職した施設職員さんとか学生さんとかをうまくコーディネートして
これで生活を立ててるそうです。

 年会費 3万円
 外出など1時間900円

 このくらいはいるわなあ。
 生活を立てようと思ったら。

 横浜の斉藤さんってグループホームを作ったおばさんと話をしてたら
「妥当な値段です」と言ってはった。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。

 >介護保険だと、介護報酬として支払われる金額は、ヘルパー業務の内容と利用
 >者の状態によって違ってきますが、1番安くて1時間未満1530円です。

 ためいき・・・

 でも利用される方が直接払うのではなくて保険から出るわけですよね。
 そこんとこがなあ・・・私らは直接頂くわけだし。

 ほんと頂く方はできるだけ多い方がいいし、出す方はできるだけ少ない方が
いいもんなあ。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 ○○さんは行政で福祉事務に携わっておられました。
 当時、1530円!!
 そんなに出てたのか。
 でもこれは、ヘルパーさんに渡る額では無いのかな。



家族が語るシンポジウム(療育援助セミナーから)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


療育援助セミナーの報告です。

 「家族が語るシンポジウム」

 みなさん、地域の親の会の会長とか熱心にやってこられた方で
現在お子さんは成人。で、グループホームを作られた方や、
一般の会社に障害者枠で入って続けている方なんかがいろいろ
お話し下さいました。ようまとめませんけど、印象に残った所を。

 許可の取れた方のお名前を出します。

 横浜の斉藤瑛子さん。

 10人の方の保護者が集まって2年間限定で「共同グループホーム」
を作った。現在はそれぞれ数人でグループホームを作ったり、
してる。

 生まれ育った町で、慣れた環境で暮らしていけたり、緊急の時でも
近所で預かってくれるようなこと(レスパイトサービスとか)をして欲しい。
 そのためには学齢期から子どももそういうシステムを体験していること
が大事。

 千葉の坂本秀美さん。

 学齢期、お子さんは通常学級に通ってはりました。お子さんの教育に
ついては教育センターから担任と学校とを指導してもらったそうです。
詳しくは書きませんが、いわゆる「どなりこみ」というのも何度も
なさったとか。でもほんとそれでお子さんの環境をいい方向へ動かして
来られたようです。

 高校は全寮制の高校で、障害児クラス(?)のあるところへ進まれた
とか。そこで始めて悪口を言える友だちができたとか。

 例えば「あいつ、ひどいんだよ。僕がどらえもんを見る、と言うのに
あいつはおかあさんと一緒なんて子どもっぽいのを見るって言うんだよ」
とか・・・で取っ組み合いの喧嘩をされたとか。今まではどうしても
対等というより、みんなが譲ってくれる関係というか、本人さんも
それに気づいていて遠慮があったとのことでした。

 卒業後、一つ目のところは早くにやめられて、完全在宅の時期が
あったとか。その時お子さんがしみじみと言われたそうです。

「お母さん。制服を脱いでからが怖いって言ってたの本当だね。
 何もせずに家にいるってつらいよね」

 現在は一般の会社に障害者枠で就労され、かなりいろんなことを
任されて働いてはります。


 次の方は、後でお会いできず許可が取れなかったので、ほんま
ちょっとだけ。

 お子さんが他人と暮らす場を用意されました。
 で今からそこへ行くという時の一言。
「もう自宅には帰りません」
でそれからは、本当に正月の4日間しか戻らないそうです。

 そのお子さん一緒に暮らしてはる人と、時々トランプの
神経衰弱をされたりして遊ぶとか。圧倒的に勝つそうです。

 また動体視力もめちゃめちゃ良くて、ゲームコーナーの
スロットマシンは完璧に合わせちゃうとか。でも日本の
ゲームコーナーではお金にはしてくれないんですよね・・・
今度ラスベガスにでも行こうか、なんておしゃってました。

「自閉症を楽しませてもらってます」と言われたのが
印象的でした。



不登校の人が学校に行けるために

 これはafcp_01さんがまとめて下さったTogetterの

子どものうつと不登校、再登校圧力について

への返歌です。

 私の不登校の児童・生徒への対応の経験は少ないです。そのうえでの話です。

 たまたま、私が関わった不登校の児童・生徒はすべて自閉症かアスペルガー
症候群でした。これはたまたまでしょう。(診断があった場合、無かった場合
いろいろでしたが)

 私がかつていろいろ学んでいた頃、不登校の児童・生徒が再登校に至ったと
いう事例(報告)は、学校外でカウンセリングをして再登校できた、みたいな
ものが多かったです。(注・そういう事例が多かったのか、たまたま私の読ん
でたのがそういうのばっかりで、失敗事例が出て来てなかっただけなのか、わ
かりません。失敗事例が出て来てない、というのはおおいにありそう)多くは
心の闇を吐き出せた、とか洞察できた、で登校できたみたいなの。

 最初、不登校の生徒に対応した時、う〜む、どんな心の闇があるのだろう、
みたいに思っていました。しかし会ってみると、その子の場合は全然そんな感
じじゃ無い。まあ、私はカウンセラーとしてその子とつきあったわけではない
ですが。

 学校には来てくれませんから、こちらから家庭訪問するしかありませんでし
た。とにかくその子の好きなマンガを本人から教えてもらい、その子の好きな
ゲームを覚え、一緒に話し、遊びました。

 ほどなく、学校に行く(来る)ところから始めようとする限り何もできない、
というのを実感しました。そこで保護者に「生徒の行きたい所へ行って、した
い活動をする」というのを提案しました。これは知的に重い自閉症の人が行き
たいファーストフードショップに行く、というガイドヘルプ活動のパクリです。
「心の闇」は感じなかったけど、外出して活動することへの自信の無さ、不安
というものは感じていましたから、そのあたりから自信を持って活動できたら、
と思ったわけです。で、いろんなファーストフードショップや本屋さんへ一緒
に行く活動をしました。

 なぜか音声言語で話してもわからない場合があるけれど、絵やひらがなで書
くとわかってくれやすいこともわかりました。(漢字がわからない、というの
は、それまでの教育活動に腹立たしさを感じます)

 そういう活動を通じて、私と外出することが苦にならなくなってきたみたい
です。「得する体験」がつめた、という感じかな。

 夏休みになって、本人に生徒のいない学校に行ってみることを提案してみま
した。OKでした。彼にしたいことを尋ねました。当時は私は特別支援学校に
勤務していました。パソコン室(まだインターネットには繋がっていませんで
したが)、陶芸室、美術室(紙すきもできる)、織物室、体育館、農園、会議
室でビデオ視聴、考えたらすごい設備です。どれでも好きな所を使っていいよ、
と言うと、彼はパソコンと陶芸を選びました。

 パソコンは、私がつきそいましたが、陶芸は、その日出勤予定だった陶芸専
門の先生にお任せしました。彼にとって楽しい体験だったようです。彼は
「悪魔」とかいう題の傷だらけの顔を作りました。こういうところから彼の
「心の闇」みたいなことを感じることはできます。また彼の好きなマンガ、
部屋に貼ってあるもの、などさまざまなものから感じることはできました。
しかし、どう言ったらいいのだろう。それは、そうあるだけのもの、私は
「感じてはいる」けれど、そこに働きかけるはしない、って感じかな。

 私は外面的なこと、つきあえる部分だけつきあっていこう、としていました。

 まあ、そんなふうにして、だんだん彼は登校できるようになっていきました。
 学校のいろんなところを使って、いろんなことをして。別段、私もつきっき
りじゃなかったです。

 後、クラスの中で周囲に感謝される役割ができたり、拒否を認めたり、って
とこかな。拒否については集会の時に「面白くなさそうだから並びません」
って言うのをOKしたり。次の時から別に指示したわけじゃないのに、自分で
並んでましたが。すっごく嫌そうな顔をして(笑)

 他の教師が関わっても全然OKになりました。ってか、私なんかいらない(笑)

 まあ、私は教師の枠組みからは、外れていたのだと思います。


 私は「学校は行かなければならないもの」とは思ってません。しかし、ど
んな学校でも、その設備、人的資源など、活用しなければもったいないもの、
と思っています。人的資源で言えば、教師でなくても地域(都市部)では、
ご近所に本当にいろいろな方がいらっしゃることと思います。ボランティア
さんでも。

特別支援学級でボランティアさんをどう集めたか

 ボランティアでなくても、外でのガイドヘルプ活動なら、時給800円のガイ
ドヘルパーさんで可能だろうし。

 自閉症やアスペルガー症候群の人に、現在の学校(通常校)でも、空き教室
など使えば落ち着ける部屋、居心地のいい部屋を作ることは可能だろうと思い
ます。(特別支援学校はどこも教室満杯状態みたいですが)LANはたぶん各教室
来ているし、型落ちの、しかしインターネットにつなぐことのできるパソコン
やプリンタはゴロゴロ転がってるだろうし。ソファなんかもリサイクルショップ
などで安く手に入るだろうし。(私はソファを拾って来て教室に置いてました。
特別支援学校でも特別支援学級でも)それぞれの子が好きな本など、いろいろ置
いておけばいいだろうし。ちょっと、お茶の飲める環境もいいな。

 こういう活動は、いわゆるフリースクールやフリースペースと呼ばれる場所で
現在も行われているでしょうが、学校でもできるはずです。

 「自分で好きな活動」をどんどんやっていけないタイプの人の場合は、
自立課題学習を用意することも必要かもしれません。

ぴーす

では確か時給1000円(他と比べるとたくさん頂ける)のヘルパーさんが自立課題
も作ってはります。高給の教員でなくてもできます。もちろんバックアップする
コーディネータとしては教員も必要でしょう。教育委員会や特別支援学校の仕事
になってくると思います。はりついている必要はありません。

 う〜ん、居心地のいい場所作り、ということで言えば、自閉症やアスペルガー
症候群の人だけに役立つものじゃなさそうな気がするなあ。

 学校のカリキュラムに子どもを合わせるのではなく、学校という資源を子ども
に利用してもらうつもりになれば、かなりのことができそう。

 Togetterの最後の方で、「保護者の問題」に言及しておられる発言もあります
が、誰かを悪者にすると解決するものも解決できないようになるような。それこ
そ保護者にも何らかの発達障害がある可能性はあり、それを考えに入れるのも支
援のうちだと思います。また、発達障害でなくとも世の中の価値観に傷つけられ
て来られた可能性もあるし。

叩かれていた子の例1

からの例にあるように。この話に出てくる保護者の場合、発達障害もあり、世の
中の価値観に傷つけられることもあり、だったと思います。これは不登校の例で
はありませんが。

 たぶん、今の設備、費用でかなりのことができると思います。























































 












偏食について妻と喧嘩をしてしまったという人へ

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 ○○さん、こんにちは。

 >昨日のことなんですが、妻と喧嘩してしまいました。(笑)

 お二人ともたいへんでしたね。

 >ったのです。それを見た妻が、大きな声を張り上げて、なんとしても食べさせ
 >ようと叱っていました。子供は、逃げ回る。妻は大声を張り上げて、彼を追い
 >かける・・・。

 >うんか!いじめているみたいで、かわいそうだから、やめろ!」と私が怒鳴っ
 >てしまったんですね。(^_^;

 奥様がお子さんを責める。
 ○○さんが奥様を責める。

 言っていることは違うのですが、同じ構図になっていますね。
 で実は奥様がお子さんを責めるのは

 >幼稚園の先生とか
 >小学校の先生から「□□君、また食べ残しましたよ」と言われるのが、彼女
 >にとって嫌だそうです。

 これってきついことだと思います。

 私、知的特別支援学校に異動して何が嫌だと言って給食の時間ほど嫌な
ものはありませんでした。偏食のきつい子に「食べさせないといけない」
そして食べさせなければ、面と向かっては無いとしても本人のいない所では
「あの人は給食もよう食べさせない」という言葉が出てくる環境。しかも
食べさせ方は・・・書きたくありません。

 私、2年目に「食べたくない物が出た時に意思表示をしたら残していい
指導をしよう」と学年で提案したら否決されました。一応学年世話係だった
んですが・・・反対理由は「一人一人別の指導をしようとするのか」
「私なら食べさせられます」でした。

 そして3年目。新人Aさん、新人Bさんという特別支援教育に関する常識
なんてない新人さんと組めてやっと「うちの学年では残してもいい、と
いう指導をしよう」という取り組みが出来ました。もちろん意思表示の
練習もします。できないお子さんもいますが、本人の意思を確認できる
ようにあの手この手は使います。

 この時から、給食の時間は本来の楽しい時間になりました。

 なおこの指導(?)を始める時に保護者に「もちろん食べてもらうよう
に努力はしますが、ひょっとしたら給食を食べなくなるかもしれません。
それでもいいでしょうか」と相談をかけました。

 ありがたいことにOKを頂きました。

 例えばC君の場合、本当にある1日、ほとんど全部残すことがおきました。
 しかしその後だんだん普通に食べるようになりました。
 今年度の終わりになってパンをほとんど残すようになってしまいました。
 保護者は「いいんですよ」と言って下さったのですが、いろいろ試して
みて、これはいいのか悪いのかわからないけど、パンをちぎっておかずの
お皿に入れてあげると全部食べるので、とりあえずそうしています。

 私の1年目の体験でもある自閉症のお子さん、給食に出てきたものを
一応は口に入れてみてしかめっつらをして出す、という行動がありました。
これはどんなものかなあ、と試してみてるみたいだったんですね。

 ところが無理に口に突っ込むようになってこの「探索行動」は消えました。
 たぶん、このお子さんにとっては返ってちゃんと偏食を減らすのに逆効果
になったんじゃないかと思います。

 その後、このお子さん、担任も変わり、自分で少し口に入れたらすごく
褒められるという指導でだいぶ食べられるようにはなりました。たぶん
口に突っ込まれるという指導はされなくなったと思います。本当に良かった。

 >「もっと、ゆっくり育てたら、えんやん」と私が言っても、妻は聞く耳を持っ
 >ていないようです。困ったもんだ・・・。

 どう言ったらいいのだろう・・・
 「困ったもんだ」と捉えるのではなく、奥様のつらさを理解され、
「つらいよね。しんどいよね」というのは伝えてあげる必要があるかも。

 そしてもちろんお子さんも「そのままでいいんだよ」だろうし。

 お互い責め合う図式から、お互い「そのままでいいんだよ」に変わって
いけたらいいのにな。


 で、学校の先生などは「みんな食べる子、良い子」という図式が
強固にあると思います。それを外さない限り、奥様へのプレッシャーは
消えません。ひょっとしたらそこは○○さんの出番かも。

 学校の先生に事情をよく話し、「うちは残してもいい、という方針で
育てていますので、学校でもよろしくお願いします。もちろん、無理に
ならない範囲での工夫はして頂けたらありがたいです」と申し入れて
おくことが大事かな。で母親からより父親からの方が現場へのプレッシャー
は絶対にきついです。(つまり効果的)

 本当のところ学校の教師はいいことをしているつもりで口に物を
突っ込むかもしれません。
−−−−−−−−−−−−−−−
 △△さん、こんにちは。

 > ん?、一人ひとり別の指導をしたら、いかんのですか?

 今の私なら「一人ひとり別の指導をしましょう」と言います。
 その時は私、そこまで反論をようせんかったです。

 お二方とも特別支援教育ン十年の大ベテラン。私は知的障害特別
支援学校2年目のまだ何もよくわからない?人間。

 その前後のことを書きたくなりました。

 周囲の「教育」というものが私には疑問に思えて仕方なくなって
きていました。そこでたまたまこの年は特殊教育学会が3連休に
重なっていたので、私の考えていることが間違っているのかどうか
見てこようと思っていました。

 ちょうど1週間前。給食の時間にある子の嫌いな物が出ました。
すると「私なら食べさせられます」と言った先生は「食べ!」と威嚇、
「一人ひとり別の指導をするのか(したらあかんやろ)」と言った先
生は笑いながら「わしの分もやろか」

 私は切れて「私は食べさせることができません!」と怒鳴り、
教室を出て行きました。(あはは情けない)

 すぐに教室へ戻り「大きな声を出してすいませんでした」と
詫びを入れました。

 そして特殊教育学会へ。
 自閉症の分科会の部屋にいつづけました。そして私が願っている
やり方。考えているやり方でも間違いではない、と思えました。
で帰ったら、とりあえず声に出していこう、と思いました。

 それで「意思表示したら残してもいい・・・」という提案になった
わけです。簡単に否決されましたけど。孤立無援で。

 もう異動するか退職しようと思いました。
この年はずっと考えていましたが、ついに管理職に言いに行きました。

 たしかその週末あたりに
「自閉症の子どものクラスルーム in しあわせの村」がありました。
自閉症のお子さんに実際に来て頂き、TEACCHの考えに基づいての指導を
研修する、というものです。

 そこで自閉症のお子さんが、それこそ自分自身の選択を大事にされ、
いろいろなわかりやすい環境を整えられた上で、安定し、自立的に行動
している姿を見せて頂きました。涙が出ました。

 極端に言えば「これで私も生きていける」と思いました。
 そして管理職に「あと1年はがんばってみます」と言いに行きました。

 この前後2週間の気持ちの浮き沈みはまるでジェットコースターに
乗っているようでした。
−−−−−−−−−−−−−−−
 つけたしです。

 > そして3年目。新人Aさん、新人Bさんという障害児教育に関する常識
 >なんてない新人さんと組めてやっと「うちの学年では残してもいい、と
 >いう指導をしよう」という取り組みが出来ました。もちろん意思表示の
 >練習もします。できないお子さんもいますが、本人の意思を確認できる
 >ようにあの手この手は使います。

 さて、残してもいいんだ、というのを学年ではっきりさせてから、
そしてそれが子どもたちに伝わってから、私は子どもたちに給食を
勧めることができるようになりました。

 こういうことってありませんか?

 周囲が子どもに威嚇ばかりを使っている時、私は子どもを叱れません
でした。そうでなくなって初めて叱れるようになりました。

 「残してもいい」と言うとやりとりせずにほったらかしにする方も
いらっしゃいます。口に突っ込むよりはいいと思っていますが、でも
それもなあ・・・人間同士なんだから何かやりとりがあってもいい
はずだと思います。


自閉症の人が好きな鉄道ファンと鉄道ジャーナル

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 先日ある自閉症の方に鉄道雑誌で好きなのはどれ、とお聞きし
たら「鉄道ファン」とのこと。

 そこでうちのクラスに「鉄道ファン」と「鉄道ジャーナル」の
それぞれ3月号を一緒に買って来て子どもたちに見せました。

 そしたらC君は表紙を見ただけで「鉄道ファン」を取りました。
 中を見てもやっぱり「ファン」の方がいいみたい。

 でもって他の子(違う学年で遠征してくる子もいる)もやはり
「ファン」がいいみたい。

 うーーん、どこがどう違うのかはよくわからないんですが・・・

 3月号に関しては圧倒的に「ファン」でした。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 今でもジャーナルとファン、あるんですね。