私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年03月28日

過去の記事96(自分のパフォーマンスの点検)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月7日


自分のパフォーマンスの点検



「自分の指導をビデオでとって、ワープロに起こす(文章化する)というの
 をしばらくしたのですが」

 すごいですね。でもって、これって大事だと思います。

「これがほんとすごい、ビデオ見るだけではわからなかったけど、言葉かけが
 ほんとうに一方的なんですよね。子どもの反応なんかお構いなしで働きかけ
 ばっかりしている。もちろん授業の「ねらい」に基づいているのだけど、コ
 ミュニケーションのなんたるかを随分考えさせられました。これだって、結
 局子どもに対するコミュニケーション環境..っていうところからは離れて
 しまっていたのです」

私自身は「カウンセリングのロールプレイ」でのテープ起こし、
「インリアルの研修」でのビデオを見ながらのトランススクリプト作り、
はやったことがあります。

 自分がどんな言葉を出しているか、どんな行動をしているか、それに対して
相手がどんな反応をしているか、本当に相手からの発信をとらえられていない
部分にたくさん気がつけます。

 こういう点検って機会があれば、その道に詳しい方と一緒にできたら
とってもいいですよね。

 で、実はそういうものをきちんと分析できたら、いったいどういう支援が
必要か、というのもきちんとわかってくると思う。TEACCHで重視する
コミュニケーションサンプルの採取もまさにそういうことだと思います。
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過去の記事95(交代で教える 協力してできることのありがたさ)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月7日


交代で教える 協力してできることのありがたさ



 自立課題(子どもがひとりでやる課題学習)もNewSkillの学習(教師と
子どもが1対1でする学習)も担任が交代しながらやっています。自立課
題の場合は曜日によって。NewSkillの場合は週変わりで。

 教材についてや、その日の様子は、共通のフォーマット(書類)に書き
込みます。

 先日校内研修で紹介した時に新人Aさんが「みんなで交代でやってる、
というのも紹介して欲しかったな」と言ってはりました。ほんと、これっ
てすごくいいなと思っています。

1・いろんな子どものことがよくわかる。
2・私一人がやってると記録がええかげんになるけど、他の方がちゃんと
  やってるから私もちゃんと書く(アセ)
3・私一人がやってると新しい教材をなかなか考えないけど、他の方が
  新しい教材をつけ加えて下さる(アセ)
4・子どもについての具体的な話が多くなる。

 特に3については私はついついひとつうまくいったら、それで固まって
しまう傾向があるのですが、若い人たちは「何か新しいことをしたくなって
しまう」そうで(って普通はそうなのか(笑))ほんま、いろいろ考えて
くれます。

 協力してできる、というのはありがたいです。


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過去の記事94(義務を果たすこと)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月7日


義務を果たすこと



「アメリカと日本とどちらが授業中に「自由に発言できるか?」というのが日本
 人の印象ではまず「アメリカ」なんですが、実は日本の方なのだそうです。
 「自由」は「私語」ではないですよ^^;
  つまり、教育は「権利」なんだけど「義務」である。「義務」というなら日本もそ
 うなんだけど、アメリカ国民としての正しい資質..みたいなところがあるようで
 す」


 ほお。面白いですね。

 そういや、ある先生も「権利を言う前に義務を果たすことを教えます」という
ことを言われます。ノースカロライナに留学してはったから、その時に身につけ
はったのかな。

 で、確かにこの先生がやってはることを見ると納得します。
 その個人の特性をつかみ(アセスメントですな)できるであろうことを考え
やってみて「できる」ことを義務としてやらせるわけです。

 ただこれも言葉が一人歩きすると怖いよな、って思います。
 「義務を果たさせる。そのとおり。だからビシバシ怒ってやらせるのが
  正しい」みたいな捉え方をされがちかなあ、なんて思ってしまうわけね。

 あるいは

「自閉症の子どもでも「集会」の中で「我慢」することを覚えれば、それは
 社会に出て役に立つ..って」

 これ・・・。もちろんそうなんだろうけど、そういう我慢が必要な
状況に近づかない、って選択肢もあると思うのね。あるいは我慢ができなく
なったら「柔らかな拒否」のサインを出し、静かに出て行く、とか。

 まあ、悩みながらやってみます。
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追記
 校長が朝礼で20分間、話をして、自閉症の子が混乱してきたので特別
支援学級の担任がその場を離れてもいいよとと言って離れさせたら、その
担任をごっつい怒った校長を知っています。

posted by kingstone at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事93(教師と生徒の関係は外交官同士の交渉みたいなもの?)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月5日


教師と生徒の関係は外交官同士の交渉みたいなものかもという意見について


 今日もあんましちゃんとしたレスを書く時間と元気が無いのですが・・・

 でも、書かれていることよくわかります。
 「交渉」「やりとり」ですよね。人間と人間の関係だもんな・・・

 ただ外交官の例で言うと植民地支配みたいなのを結構見てきたということも
あり何だか「もう(生徒に対して)無条件降伏でもいいや」みたいな気分にな
ることも・・

 おっとこれは愚痴でした。ま、A君ともごはんの最後の部分で「食べや」
とやってますけど。ほんとどこらへんで「やりとり」するか、悩むところです。

posted by kingstone at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

君が教えてくれたこと第5話





====以下ネタバレ====



美咲(高機能自閉症当事者の友達)
「私たちは忘れられないの」

 これも人によるかもしれませんが、「忘れられない」苦しみを持っている
人は見てきました。で、それが積もってきてるみたいでいろいろ困ってはる
方とか。普通やったらそんなんで困らへんやろ、みたいな。でもその人には
すごく大きいことなんですよね。

 繭子が気象予報会社で頑張っていることについて

美「どんな時、嬉しいの?」
繭「できないことができるようになった時」
美「頑張らなくていいじゃない」

 どっちも「本当」でしょうね。

 狭山先生に「仕事を続けたい」と言った時。

狭「ほこりを持ってるんだね」
繭「ほこり?」

 誇り、って大事ですよね。
 昔、エリン・ブロコビッチについてこんな文を書きました。

 繭子にはすごくできた弟君(藤原竜也)がいるのですが、家で父・母から
仕事を続けるのを反対された時。

弟「俺がめんどうをみる」
繭「私はめんどうみられたくない」

 わかるなあ。

 狭山先生が先輩精神科医に言われて会社に繭子について説明に行った
シーン。その前に繭子が先輩社員に仕事を次々と音声言語で言われてで
きなかった場面があります。

「文で書いてくれたらわかります」

 おしい!
 ってか、正解なんだけど「文」「文書」と言うと大げさに聞こえて説明
を受けた人が「めんどくさ」と思ってしまうかもしれない。(会社じゃど
うかわからないけど官公署(学校含む)だと特にそう)「簡単なメモでわ
かります」くらいでいいんじゃないかなあ。繭子の場合だったら。




 
posted by kingstone at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事92(給食の場面で 「半分」「残します」)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月4日


給食の場面で 「半分」「残します」


 なんか疲れてます。でもこれだけは書きたい・・・

 今、A君の横で給食を食べています。
 「はんぶん」「のこします」「いただきます」「ごちそうさま」
と書いたカードを前に置きました。「おかわり」は現実に「おかわり」
できるものが無いので作ってません。

 これ、月曜日からなんですが、すでに「はんぶん」の使い方は覚えた
みたい。それを指さすなり言えば半分に減らしてあげるのね。

 今日はごはんで、乾燥させたひじきのふりかけが出てきました。
A君はいただきますの時にそれをかけました。ところが好きじゃ
なかったみたい・・・

 で「はんぶん」「はんぶん」となったところで「ちょっと食べや」
と言ってみたけど、食べずにまた「はんぶん」

 ひじきが原因と見て、できるだけ白いところだけ残すようにして、
ほんのひとにぎりになった時「食べや」と言うと食べました。

 筑前煮の方はこんにゃくとか好きなものだけ選んで食べて、
あと「のこします」

 今日は結果的に結構たくさん食べずに残しました。
 うむむむ、明日からはどうだろう。

 またねらいとしては「柔らかな拒否」ができるように、と考えて
いて、その目的は達成されそうなのですが、食べる量が少なくなって
しまうと迷いが出ますねえ・・・


posted by kingstone at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事91(移動の自立に向けて5 カードを自分で取りに来る)

大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月3日


移動の自立に向けて5 カードを自分で取りに来る


 カードを提示してそれで体育館へ移動するという取り組みを、2学期から
始めました。

 A君、Bさん、C君、E君には定着しています。

 E君は、クラスでの「朝の会」が終わると「体育館カード」をくれ、と
やって来ます。最初のうちE君は自分の色である紫のカード受けに
自分のカードをつけることができませんでした。1月くらいしてからは
ちゃんとつけることができるようになりました。「色」を注意する
ようになったのか、あるいは「場所」で覚えたのかもしれません。

 さて体育館での「朝の集い」から校外マラソンはルーチンでみんな
やります。で、校外マラソンが終わった時、教室へ行くなら「ゴールド
カード」を、体育館へ行くなら「体育館カード」を、音楽室へ行くなら
「音楽室カード」を渡しています。

 そしたら校外マラソンの終了後、E君は「カードを頂戴」とまたやって
来るようになりました。「次の予定は何だい」と聞きに来てるようでも
あります。

 なんか、へえーー、と思います。

 月曜日から私の学年に大ベテランさんがやって来られました。
 これで私の学年、ついに正規採用職員は私一人になりました。
 この大ベテランさん、さすがでして短い時間の間に子供の特徴を
よく掴まれました。で、放課後私の取り組んでいるシステムを紹介
しました。

 現在、A君とC君は朝の活動(着替えや係活動)にもワークシステムを
取り入れようと試みています。それを説明すると

「何でE君には無いのですか?」

 うーーむーー。まだそこまでは無理と思っていたのです。でも
「カードを頂戴」とやって来るところを見たりすると、確かにやって
みてもいいかな、と思い出しました。さっそく作って机に置いて
みました。

 やっぱりみんなで相談しながらできる、ってありがたいです。

posted by kingstone at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事90(マーキュリー・ライジング 松竹への抗議文(長文だよ))

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月3日


マーキュリー・ライジング 松竹への抗議文(長文だよ)


 こんなのを松竹のウェブマスターさんに出しました。
 でもウェブマスターさんに送って有効なのかなあ・・・




=============================ネタバレもありますので====================
======================これから映画を見る人は読まないでね===============




松竹のウェブマスター様

                       kingstone(本名ね)
                       住所
                       電話番号

 貴社、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
 私は現在知的障害特別支援学校に勤務し、様々な知的障害の子どもたちと
一緒に日々を過ごさせて頂いております。

 先日、貴社配給の「マーキュリー・ライジング」を拝見しました。
 ストーリーも素晴らしく、また何よりサイモンの描かれ方がきわめてまとも
でとても嬉しくなりました。

 サイモンは映画の中での描かれ方を見ますと「自閉症」のお子さんと
考えられます。映画の中に出てくる療育(治療教育)の場面でも、現在の
アメリカの水準を反映しうらやましくなる部分も多々あります。

 大事なことは映画の中では事件が起こる前からサイモンはきちんと
「自閉症児」として描かれている点です。また事件が起こった時に
サイモンがとった「クロゼットの奧に隠れる」という行動も日々「自閉症」
のお子さんと接していて納得できる行動なのです。そしてアートとの出会い。
アートがサイモンとコミュニケーションを取ろうと努力する場面たいへん
感動的です。

 クライマックスとラストに関しては「お話やなあ」という部分はある
のですが、その他の部分はまことに納得でき、誠実な作りになっている
と感じました。

 しかし、パンフレットや松竹からUIPのページに載せられている文は
世間によくある誤解「自閉症とは心を閉ざすこと」に基づいた誤った
説明になっています。

 少しだけ説明させて頂きますと「自閉症」は現時点では原因は特定
できてはおりません。しかし少なくとも「心を閉ざす病」ではないこと
は専門家の間では一致した意見であると思われます。「さまざまな神経
生物学的過程によって起こった発達障害」であり「認知」や「感覚」に
障害があると考えられています。

 そして繰り返しますが「事件」が起こる前からサイモンは「自閉症児」
としてきちんと描かれています。

 私がひっかかる表現をUIPのページから取り上げてみます。
---------------------------------------------------------------
INTRODUCTION

「解読不可能とされた国家最高機密コードを破ったのは、
  わずか9歳の少年だった…。」のところ
 「かろうじて危機から逃れたもののサイモンは完全に心を
  閉ざしてしまう。」

(映画では、事件の前後でサイモンの変化はあまりありません。私などは逆に
 事件の後は慣れた環境以外のところに連れ回されているのですから、もっと
 パニックを起こしてもいいくらいだと思います。しかしそう描かれていない
 ということはある意味で、アドバイザーの方の知識が信頼できるものである
 証拠だと思われます。それだけに「完全に心を閉ざしてしまう」というのは
 ないよな、と思います)

「血の通ったヒーローと心を閉ざした少年 」
「心を閉ざした9歳の少年サイモンという困難な役柄を見事に演じたのは」

(サイモンは別に心を閉ざしているわけではありません)

CAST

 「特殊な才能を持ちながら他人に心を閉ざす少年、サイモンを演じる。」

 (同上です)

STORY

 「サイモンは心に深い傷を負っていて心を閉ざしていた。」

 (あのような事件があり、暖かい庇護者がいなくなれば、当然心に傷を
  負うとは思われますが、映画ではそのようには描かれておりませんし、
  「そのために心を閉ざした」というのは違うと思われます。)


NOTES

脚本のマーク・ローゼンタールは語る。

 「普通の精神状態でない子供と向き合い心を通わせ合うため」

(これは何とも言いようのないところもあるのですが、やはり誤解と偏見を
 うみやすい書き方です)


天才子役マイコ・ヒューズの役作り。
「役作りのためヒューズは、実際に精神に問題を抱える子供と思春期専門の
 ベネット・レヴァンタール精神科医とのやりとりを間近に観察し、心に傷
 を負った子供に特有の動作や習癖を学びとった。」

(「精神に問題を抱える」という表現が誤解を与えやすいですし、これが
 自閉症の子どもを表しているのなら「心に傷を負った子供に特有の動作
 や習癖」というのは大間違いの表現です)

 またレヴァンタール博士のコメントは本物でしょうか?専門家が
「マイコは心の傷がどういうものか、よく理解しています。」というような
表現をするとは信じられないのです。ひょっとすると訳をする場合の
(仕方ない面はあるにせよ)間違いだと思われます。
------------------------------------------------------------------
 以上いろいろ書かせて頂きました。

 映画が素晴らしかっただけに、パンフやウエブが現在世の中に一般的に
流布されている誤解を補強するものになることが残念でなりません。パンフ
を絶版にとまでは言いませんが、再び印刷する時に文を差し替えて頂くとか、
訂正の文を小さな紙ででも入れて頂くなど対策をとって頂けるとありがたいです。

 ウエブの文はすぐにでも変えることは可能であるかな、とは思います。

 またもし訂正などして頂けますなら、是非とも日本の専門家(例えば
川崎医療福祉大学教授の佐々木 正美先生をはじめ、多くの専門家が
いらっしゃいます)にご相談頂き、頂いたコメントを載せていただけたら
と思います。

 今後とも楽しい映画を見せて頂けますよう、お願いいたします。

posted by kingstone at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事89(マーキュリー・ライジング感想2(長文だよ))

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 11月3日


マーキュリー・ライジング感想2(長文だよ)



 ウルトラマンやポケモンなど子どもと一緒に見る映画でなく、
大人向けの映画を見るのは何年かぶりでした。ひょっとして
10年以上ぶり??





======== 以下はネタバレの話題です ===========
== これから映画をご覧になる方は見終えてからお読みくださいm(__)m ==




 実は前記事をアップした後、しばらくして自己嫌悪に陥りました。やっぱり
私は「おたく」やなあ、ってね。例えば「両親が殺されるシーン」について
みなさんは書いてない。で、これは発言を読まれるみなさんのお気持ちへの
配慮では無かったか。私はなーーんも考えんと書いてしまった。

 ま、自己削除はせず、そのままにしておきました。


「「神話」とおっしゃるのは「根拠のない通説」というようなニュアンスで
 しょうか?」

 うーーん、「根拠のない通説」のところもあり「一部のことを全部として
とりあげる」というところもあり、みたいな感じで思っています。

 例えば神話の一例として「障害児(特別支援学校に来てる子)はみんな素
直」「障害児は心がきれい」(しかし・・障害児って単語、こう書くときつ
いですね・・・)とかいうのも神話ですよね。

 私がつきあって来た子の中には「素直」な子もいたし「ずっこい」子も
いたし、いろいろあって、でそれがおもろかったのです。

 ただ先日私が書いたアメリカ人(衝撃の事実・・・彼はオーストラリア人
だった・・・これまた「白人を見るとアメリカ人」という私の中の偏見(神
話)によるものですね(ヒヤアセ))との対話でも、彼は「自閉症とはすご
く得意なこととすごく苦手なことのある人だ」という見方が彼と彼の周囲で
一般的だと教えてくれました。

 そこらへんから見ても「自閉症の子はすごく天才的な部分がある」という
のはアメリカやオーストラリアではかなり流布している考え方なのかな、と
思ったわけです。

 もちろん表に出にくいいろんな力を持ってる、というのは事実だと思うし、
それを知らせていくというのは大事なことだと思います。で、例えばコミュ
ニケーションにカードや、魔法のVサインみたいなを使うのもいいんだよ、と
みなさんにお知らせしていく力がこの映画にはありますよね。

 アートはサイモンの腰のカードを見つけて「うん、これはなかなかいい」
とかサイモンに話しかけながら、コミュニケーションしようとしてましたし。
(見せたい人がいっぱいいるぞ)

(サイモンのカードはコミュニケーション用かもしれませんけど、思い
 出してみるとリマインダー(心おぼえ)としての使用法が主だった
 ような・・「熱いのは気をつけて」とか)

「自閉症児を育てることが心中の理由として安直に結び付けられるほどに根深く」

ですね。

 でも「里親」のシステム、私、トリイ・ヘイデン著の「よその子」
や「檻の中の子」でも読みましたが、すごくきちんとそして積極的に
運用されているようです。またその他の様々な支援プログラムがある
みたいですしね。

 何が言いたいかっていうと「問題」はある、でもそれを解決して
いこうというシステムを作り出すアメリカ社会の力ってすごいなあ、
ってことなんです。

「スイッチの上にアートが手をかざして「やめろ」と言ったらサイモンがスッと
 落ち着きましたよね」

 わっ、それは気がつかなかった。私もビデオが発売された買って
確認しようっと。いきなり銃撃されるシーンになってしまうと思って
いました。

(ほんと、そういうシーンばかり編集して研修に使いたい気がします
 けど、市販ビデオってコピーできない機構がついてるんですよね・
 ・・・確か)

「そうそう、抱きつくよりもサイモンの笑顔が見たかったです」

 「自閉症児のかわいらしさを」と書いてはって、私も思ったのですが、
少なくとも私の周囲の自閉症のお子さん、もっと笑うよなあ、って思っ
てました。

 とくに何かの課題を達成した時とか、私の方を見てすごくいい笑顔を
してくれること多いですもん。

 さて、今から抗議文、作ろうっと。

posted by kingstone at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の記事88(マーキュリー・ライジング感想1(長文だよ))

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
マーキュリー・ライジングの最後のシーン
マーキュリーライジングの宣伝と広告が無茶苦茶だったけど
で紹介した映画を見に行った時のものです。
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 11月1日



マーキュリー・ライジング感想1(長文だよ)


 見て来ました。10時10分からの一本目。1〜2分の入り、というとこかな。
 でも、出る時はドドドッとお客さんが入って来ました。
 私の目はウルウルしてましたが、出る時にざっと観察すると半数くらいの
方は目をふいてはりました。

しかし・・・怖かった・・・人がいっぱい死ぬんやもん。
 そーゆーとこは私に向かない映画ですな。



=======    以下 もろネタバレです   ===========
==== これから映画をご覧になる方は読まないでね m(__)m ====



覚えてるところからどんどん書いていきます。

 まずね、最初サイモン(自閉症の少年)が出てくるところ、なんとか
学習センター(要するに療育室)なんだけど、そのシーンでいきなり
何かポラロイドの写真を持って移動してる子が出てきますね。サイモン
は地図を見てましたけど。

 手のひらの方向が逆のVサイン(視線を合わせてもらうためのもの)、
やってましたね。で、療育室でもお母さんも、そして事件が終わった後
の別の療育室でも・・・まあ、自閉症児や療育施設の場面についてのア
ドバイザーが一緒やからというのもあるけど、「きっと、基本的な知識
としてどこでもやられてるのじゃないか」と思いました。そーゆーのが
日本にあるか??

 PCS(ピクチャー・コミュニケーション・シンボル)の絵カードが
いろんなところで出てました。私が確認したのではドアのところに
「EXIT(出口)」そしてサイモンに「熱いから注意して」を教える
のには「ストーブ(コンロ)」の絵の上に「熱いから注意」の文字
がありました。腰についてるカードの中にありました。

 ココアを飲む時にお母さんといつも確認してたやつですね。
(お母さんとはすでに言葉(音声言語)だけでやってましたが)

 でサイモンは情報を守る暗号システムを解読しちゃったのね。
 それで家族全員が命をねらわれる、というのが映画なわけですが・・

 まあ、こうでなきゃ話は始まらなかったわけなのですが、これって日本で
「自分の殻に閉じこもった」という神話があるように「自閉症児はものすご
い才能を持ってる」というアメリカの神話にもとづいてるんじゃなかろうか。


 お父さんとお母さんはあっさり殺されてしまいます。
 「療育に疲れ、経済的にも苦しくて無理心中」というふうに見せかけて。
映画で怒っても仕方ないのだけど、無茶苦茶腹が立ちました。

 (ここは私の想像ですが)ところが何か変だなと感じたサイモンは日頃
心を落ちつかすのに使っているカームダウンエリア(落ち着く場所)であ
る洋服ダンスの壁の奧の空間に入り、犯人がサイモンを捜し出すことがで
きずに助かるわけです。

(そういう空間の好きな子、私の周囲にもいますもん)

 で左遷されてたアート(ブルースウィリス)が見つけだし、何か
変だと思い護衛つきの病院に入れるわけです。

 で、病院へ行くシーン。救急車の中でサイモンはベッドにベルト
で拘束され混乱してます。アートはそこで「ベルトを外してやれ」
と言い、サイモンのカードを手にコミュニケーションを計ろうとします。
ここで私、もう嗚咽してました。でも余計に混乱されて「やっぱりベルト」
となってしまうんですが・・・

 でブルースが「では彼は何もわからないのか?」と看護婦さんに尋ねたら
彼女は「いえ、むしろ敏感すぎるのです。だから怖くて不安になるのです」
というシーンになるわけですね。

 で、殺人者にねらわれ、アートがサイモンを連れ、救急車で逃走するシーン、
サイモンは救急車のそこらじゅうのスイッチを押しまくります。わはは、こう
いう子、いるいる。もちんろサイモンが叱ってもききません。

 アートが視線をさえぎることでスイッチを押さなくなります。

 アートはビッツィ(チ・マクブライド)にサイモンのために
証人保護プログラムの適用を頼みます。まったく別人として生きていく、
ってやつね。サイモンは別に証人じゃないし、困ってしまいますが、結局
やってしまいます。

ア「どうやってできた」
ビ「嘘八百並べてやった」

 そういうプログラム(本当に存在する)があることもすごいですが、制度
があり、かつやはりそれを運用する人が大事なんだよなあ、と思いましたです。
権力ってやつはそういうふうに使わなくては。

 アートとビッツィの会話で

ア「彼(サイモン)は頭の配線が少しばかり違うんだよ」
ビ「それはお前のことか」
ア(ニヤッ)

ってのも良かったです。

 クライマックスでサイモンがブルースにピストルを手渡すのは ちょっと
自閉症の子らしくないような?
 あそこでピストルの絵カードとか絡んでたら納得なのに・・・。

 ほんま、絵カードだと納得。
あるいは何か描くとか・・・。指で形を作るとか・・・・。

 ラストシーン。

 アートが(たぶんパズルの本を持って)やって来ます。教師との会話。
教「どなたですか」
ア「サイモンの・・・友達なんだ」
教「よく知ってます。里親から聞いてます」
ア「会わない方がいいかな」
教「いえ、会ってやって下さい」

「友達」っていうのにもジーンときたし、「里親」ってのもほんとにシステム
としてきちんとできてるんだろうな、と思いました。

 で、本当の最後でアートが「目を見るんだ」と言ってサイモンが目を見、
抱きつきにくる・・・ってのは良くないよなあ。

 やっぱりここって・・・例えばパズルをやり出して、やり切った時に
サイモンがニコッとしてアートを見るとか。私の周囲の子だったらそういう
ふうだと思うけど。

   追記
    後年、私がどう思うようになったかは、「マーキュリー・ライジン
   グの最後のシーン
」に書いたとおりです。

 このシーン。ある方が「昔の職場にやって来て、知った人の方へニコニコ
しながら寄ってきたので、挨拶(握手とか抱きつきとか?)しに来るのかと
思ったら、自分が昔座っていたイスに座りニコニコしていた、それでいいじ
ゃないか」とか、書かれていたことを思い出しました。

主人公の少年、 いつも斜め上を見ているんですが、そういう子って私の身
近な自閉症の子どもにはいないような・・・。

 ほんまです。スクールバスに乗っていた他の自閉症とおぼしき子も
同じ視線でした。おいおいおい・・・・。いろんな子がおんねんで。

 しかしほんまパンフはひどいですね。
 問題になる表現は10ヶ所はあります。

 パンフでは「(父と母を殺されて)心を完全に閉ざす」となってますが
映画では別に殺された前と後とで、変化があるようには描かれていません。
(でも、事件の後はすごくストレスフルだから変化があってもいいのだけど)
事件以前もきちんと自閉症児として描かれています。

 私も松竹にメールを送ろうかと思います。

 そういや、内部告発しようとした人が「電話もE-mailも補足されている」
と悩むところで「ローテクがある」とタイプライタを持ち出すシーンには
少し笑えました。

 ふーー、まとまんないけどこんなとこです。
 怖かったけど良かったです。

posted by kingstone at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3月28日(日曜日)

 おはようございます。

 今日も起動できました。

 パソコン、よくもってる、とも言えるし、いつ動かなくなるんだ、
とも言えるし。

 薄曇りです。
posted by kingstone at 07:28| Comment(2) | TrackBack(0) | ネット・パソコン・携帯など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする