私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年03月31日

把瑠都が大関になりましたね

 把瑠都が大関になりましたね。
 何かうれしいです(*^o^*)

 ところで愛子さまは大相撲が大好きとか。
 朝青龍の本名もそらで言えるとか。
 私、とても覚えられません。

 好きなことがあるって、とてもいいことです。

 (内舘牧子さんもそんな少女時代だったみたいですけど)

posted by kingstone at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教師はそんなとこで達成感持ったらあかん

 書いとこ。

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校でも通常校(特別支援学級)でも。

 運動会(体育祭)・文化祭などで

 「わかってできる」工夫はされていませんでした。

 ある年の知的障害特別支援学校の体育祭。

 ある競技に出るためにみんなは集合地点に。
 児童2人に教師1人、あるいはもっと多くの教師がついて大体は手を
引っ張って連れて行きます。
 
 ひとりの子は頭をがんがん地面に打ち付けていました。
 担任は堅い表情で両手を持ってじっとしていました。
 とにかくやらせきったと思います。

 他にもつらそうな子は複数いました。

 体育祭が終わったら教師はみんな笑顔で
「お疲れさん」
「いい体育祭だったねえ」
と言い合います。

 反省会(飲み会の方じゃなく職員会)というのも開かれますが、そこ
では
「大道具の出し入れは良かったです」
「放送機材は今年はMDがあって良かったです」
「礼状発送中です」
などの報告が続き、決して個別の子どもの問題が話し合われることはあ
りませんでした。

 教師の大多数は
「たいへんやったけど、良くやった」
と達成感を持っていた可能性大です。
想像ですけど。

 そういう時、私が書いた意見書はこちらです。
 ほぼ原文通りです。
http://homepage3.nifty.com/kingstone/think/taiikusai.htm

 自分がどんなことを主張したかは、書いても守秘義務には反しない
でしょ?

 達成感ってやつは「子どもと通じあえた」と思える時にじんわり感じる
もんです。変なことで達成感持ったらあかん。

 それと、学校ってとこが体育祭やら文化祭、別にやってもいいとは思い
ますが、「参加したくない」と表現する児童・生徒がいればそれは認めて
あげないと。

 嫌なものは嫌なのですから。
−−−−−−−−−−−−−−−
追記
 「参加したくない」を認めてあげると次に「参加する」と表現してくる
こともよくあります。逆説的ですね。またそんな例も書きたいと思います。

 でもこれも教師や保護者が「参加せんでも良い」と覚悟を決めたら、たま
たま「参加する」と本人さんが表現しただけで、最初から「参加する」を
ねらってやろうとしたら失敗するでしょう。

 「参加しない」がずっと続いてもいいのです。




構造化のパワーに気をつけろ

 「仕事」をしつつ、つい書いてしまう。

 大昔ある研究会である専門家から聞いた言葉。

 ノースカロライナTEACCH部のジャック・ウォール(髭のジャック)
の言葉です。

 ある方がノースカロライナTEACCH部での長期の研修を終え、帰国
するために空港に向かう車の中で

「お前は構造化のパワーを知っただろう。気をつけろ。パワー
 の使い方に気をつけろ。気をつけないと、構造化は見えない
 檻になるぞ。TEACCHの基本はヒューマニズムなんだ。
 自閉症の子ども・大人の自己実現を大切にすることなんだ」

 ハリー・ポッターやゲド戦記みたいに、魔法使いが弟子に
伝える言葉みたいですね。

 スターウォーズの「理力(フォース)」の影響もあったかもしれません。

愛子さま記事(週刊朝日4/9号)

見出し

「春休み”スキー満喫”愛子さま
 心配事は新学期「クラス替え」」

引用開始
 だが、学習院関係者は笑いながら首を振る。
「他の子どもより頭ひとつ背丈の大きい愛子さまは、むしろ活発ですよ。
 ふざけ合うときなど逆に、男の子の頭を後ろから腕で挟むほどだとか」
 そして、子どもたちの間で起こる「やった」「やっていない」の類の
話を「乱暴な行為」と騒ぎ立てるのは行き過ぎだ、と話すのだ。
「学校側は結局、活発な男児とは別のクラスに編成したようです」(同)
引用終了

 クラス編成をあれこれ考えることは基本ではあると思います。

 また「本当」のことをマスコミに話す必要は全然ありません。

 しかし同じことを繰り返しますが「宮内庁」「学習院」が「正確な情報」
を「情報共有」していて初めてOKになる話です。

 たぶん愛子さまにはおおげさな「配慮」や「方法」は必要ないはず。
 でも少しばかりの「配慮」や「方法」は必要なはず。
 それで個性が輝くはず。
 それは他の子も同様。
posted by kingstone at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

OJT(On-the-Job Training 仕事をしながら教える)

 今日は大病院で検査の日でした。

 若者の検査技師さんが担当でした。

 だいぶ検査が進んだと思われた時、
「ちょっとお待ち下さい」と若者が出て行ってしまいました。

 私は不安。

 過去、検査中に様々な技師さんから
「おっ!(びっくりした声)」
とか
「あのー、お医者様にはかかってるんですよねえ」
(そやから検査受けてるのに・・・)
とか、いろいろ不安にさせられることがありましたから。

 しばらくして若者が中堅(と言っても若いと見えました)の技師さんと
戻って来ました。少しやりとりがあってから、若者が
「申し訳ありませんでした。スイッチを間違えていました」
と言って、機械の設定を変え、再び検査を始めました。

 中堅さんがじっと様子を見ていました。

 そしてしばらくして「代わろう」と言って交代しました。
私に「申し訳ありません」と断って、中堅さんが実際に検査をしながら、
猛烈な早口で説明し始めました。

「ここがこうだから、こういう方法で。こういう状況だから、こうやる」

 教科書がそのまま出て来るというか。

 で私にもすごくわかりやすく、かつ基本的には若者に語っているのだけど、
私に対しても十分な配慮の行き届いた言葉でした。

 すごいなあ。

 いつもより時間はかかったけど、全然腹が立つということは無かったです。

 その後、実際に若者にやらせてみる、という時間は無かったから、厳密には
OJTと言えるかどうかはわかりませんが、すごく教育体制が整っている、と
いうか研修体制が整っている、と思いました。

 ひるがえって、自閉症の人に対する教師や支援者へのOJTは、最近、整っ
てきているのかなあ。