私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年02月15日

なかなかたどりつかない

 もし読んでる人がいたら、何か心配させるような事ばかり書いてますねえ。

 はやくうまいこといった所も書きたいのですが。
 ちょこっとはあります。
 ちょこっとだけど。

 ちょっと休憩しよっと。
posted by kingstone at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

撃沈

 大昔の話です。

 特殊教育学会から帰って来ました。

 えっと、私はいったい、何をどうしようとしたのだろう・・・・
 よく覚えていないのです。

 ただ、クラス打ち合わせで、給食のことが課題だと思って話していたことは
確かです。それもあるお子さんに、他の子とは違う対応、残してもいいという
対応を提案したことは確かです。

 威嚇の上手な超ベテランさんは
「君は子どもによって違う対応をしようというのかね(そんなこと、してええ
 わけないやろ)」

 後の私なら「その通り。個別の対応をしましょう(ニコ)」とできたと思う
のですが、その時は無言で、うつむくだけでした。

 ベテランさんは
「私は食べさせられます」

 若めのベテランさんは無言。

 多数決で否決・・・

 その日だったか、次の日だったか、校長室に行きました。

 そして「異動させて下さい。私にこの学校で生きていく場はありません」
とわんわん泣きながらお願いしました。2年で異動希望を出すのは異常な
のですけどね。

 校長先生は黙ってティッシュを取って私に手渡しながら、聞いて下さって
いました。

 あっ、校長先生に誰それが暴力をふるってるとか威嚇してるとかは言って
ません。校長先生はそういう情報も知りたがっていた様子はあるのですが。
日頃から「体罰(という言葉だったと思う)はいけない」と職員にはよく
おっしゃってましたから。

 でも、誰がやった、とか言うのは仲間を売るような、モラルに反するような、
そんな気がしませんか?私はそんな感じがしました。

 だから私は「ここには生きていく場がありません」と言っただけです。

 まあ・・・だから肝心な情報が上がって行かないんだろうな。


posted by kingstone at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特殊教育学会にて

 大昔の話です。

 特殊教育学会に行きました。

 とにかく自閉症と名のつく発表を聞き続けました。
 いくつか面白いものがありましたが、特に興味が引かれたものが
ありました。

 わお、発表者さん、誰だっけ。
 お名前を失念した。最近とみに物忘れがひどくて・・・・

 当時北海道教育大学におられて、ボランティア活動をしすぎて、学部か
院かを卒業しそこねた、って面白い方です。確かその後、特総研に移られた
と思っていたのですが、サイトでは確認できませんでした。

 TEACCHって言葉も使ってはったと思うのですが、給食中の表出性
コミュニケーションを使えるようにして、問題行動が減ったとか、そんな
内容だったと思います。(うつになってから資料も散逸してしまい、正確
なことが書けなくてごめんなさい)

 発表の時は専門用語が難しくてモデリングとかいうのも分からなくて、
いったいそれは具体的にどうされたのか、と質問したりしました。

 セッションの後もお引き留めして1時間くらいお話をうかがいました。

 何かのカードを、教師の都合の良いようには使ってはいけなくて、本人
の都合の良いように使わなければいけない、とか何とかめちゃ面白い話も
うかがうことができたのだけど・・・ああ、肝心の細かいところが思い出
せない・・・

 とにかく、めちゃめちゃありがたかったです。
 いろいろやってみよう、と元気が出ました。

 で、帰りました。

追記
 この時、私の質問に答えて下さったのは斎藤宇開さんでした。現在株式会社たすくをやってはります。
posted by kingstone at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特殊教育学会へ

 大昔の話です。

 知的障害養護学校2年目。

 周囲を見回してみると、校内で力を持つ少数の方が、威嚇で秩序を
保ち、他の大多数の方々は、いったいどうしていいのか分からないと
いう感じなのだな、と思いました。

 私ももちろんどうしたらいいか分からない一人でした。

 そして、威嚇が無くなれば秩序は無くなりそうでした。

 暴力については・・・1例だけあげます。

 いつも集会の時に、びしっと並ぶクラスがありました。
 すごくか弱く見える女の先生が担任してはりました。
 すごい指導力やなあと、いつも感心していました。

 ある時、私は担当するお子さんと教室の中で静かに遊んでいました。
 教室のドアは開いていて廊下が見えました。

 自閉症のお子さんがそこを通りかかりました。すると何か指示の
声のようなものがしました。自閉症のお子さんは気づかず(?)そこに
い続けました。するとか弱く見える先生が走って来て、いきなりその
お子さんを殴り蹴りました。そして私と目が合うと、はっとした表情を
して走り去っていかれました。

 私は何も言えませんでした。

 暴力は隠れて行われていました。
 表には出て来ません。
(でも、もっと前は表だってやられてたという話を後年聞きましたけど)

 例えば校内研修で、誰も「威嚇と暴力で指導したらうまく行きました」
なんてことは言いません。もちろん校外の研修でもそんな発表はしません。

 そして威嚇は別として暴力は影で行われるから
「えーー、そんなことないよお」と心底思っている教師ももたくさん居る
と思います。

 えーーっと、びびりはったらいけないので、先に書いておきますと、
昔の話ですし、少なくとも私のいた間に威嚇と暴力は無くなって来ました。
この時点からはまだ時間はかかってますけど。無用にびびりはったら困る
ので。

 それとある講演会で講師をした時
「うちの学校は過去、威嚇と暴力で指導してたので・・・」と話したら、
参加者さんが「それ、今どき珍しい学校ですね」とおっしゃていらしたから、
他の学校はそんなこと無いのでしょう。

 閑話休題。

 私はとりあえず、自閉症と名のつく本を片っ端から読んでみました。
人生で一番「勉強」したかもしれません。(でも、後年、戸部けいこさん
とお会いしたとき「光とともに」を1話分書くために毎回段ボール1杯の
資料を読む、という話をお聞きしました。すごい・・・負けてる・・)

 学校でいったいどうしたらいいのか良くわかりません。

 9月だったか10月だったか、藁をもすがるような気持ちで、
特殊教育学会に行きました。

 

 

posted by kingstone at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

給食、ある時

 大昔の話です。

 障害児学級担当になりました。

 自閉症のお子さん。
 給食は交流学級で食べていました。
 交流学級に行くのが嫌そう。
 そして牛乳が嫌そう。

 別に飲まなくてもいいやと思っていたら、隣の子が不思議そうに
言いました。

「何で飲まさへんのん?前の先生は(大きな声で)飲みなさい!
 言うて飲ませててんで(飲ますべき、というニュアンスで)」

「だって、嫌なもの飲まされたくないやろう」と答えました。

 で、親御さんに「飲まなくてもいい」という指導をしたい、と
お願いしました。すると
「家では全然飲まないから助かっていたのに。大体、牛乳を
 飲めるようにする、というのは先生の方から提案されたの
 ですよ」

「ごめんなさい。できないんです」と言うしかありませんでした。

 また交流学級にも行かなくなってしまいました。
 交流学級に行くことを伝えるのに担任の先生の写真を使って
いたのですが、目をそむけて見てくれません。

 情けないですね。それまでできていたことが、私が担任に
なったことでできなくなったのですから。
それも他にもたくさん。


 給食も障害児学級でとることにしました。
 結局牛乳は飲めるようにはならなかったと思います。

 まあ他にもいろいろあったかな。

 随分日にちがかかりましたが、交流学級の担任の先生の写真は
しっかり見、自分で交流学級に行くことができるようになりました。
嫌な場所でなくなったのかな。わかりませんけど。



posted by kingstone at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肢体不自由養護のパソコン導入3

 大昔の役にも立たない話です。

 予算が決まったり、消えたり、紆余曲折あってついに出ることになりました。

 私は前にも書いたように既に自腹で複数の機種を購入し、肢体不自由教育に
使う入力機器もある程度は集め、情報も入手していました。あの瞬間なら、
コストパフォーマンス(使えるか・値段・手に入りやすさ)も含めこの方面の
知識なら日本で10本の指に入っていたと思います。(あくまでも知識ね・・
実践じゃ無く(汗))(もちろん今はそれも全然駄目です)

 入れられるのは5台。
 その時点で手に入る入力装置や使えるソフトを考えるとMACが1番。
 しかしTOWNSでしか使えないすぐれた障害児教育用ソフトがある。
 今後はDOS/Vの波が押し寄せてくるだろう。

 で、MAC3台、TOWNS1台、DOS/V1台。入力装置多数。

 という布陣にしました。

 すると業者さんが烈火のごとく怒って来られました。
「こんな常識はずれの仕様が飲めるか!パソコンのことがわかってないだろう。
 全部TOWNSにしなさい」

 1時間ほど、肢体不自由教育での使い方を話し、お引き取り願いました。

 次は業者さんが、メーカーのたぶんえらい人を連れて来られました。
 2対1で、私の考えがいかに間違っているかを話されましたが、私も
泣きそうになりながら主張しました。

 次は業者さんと行政の方が来られました。
 行政の方も「業者さんの言うことを聞くように」という感じでした。

(この時だったか後の時だったか教育委員会のパソコン担当の方にも
 「KINGさん、業者さんから聞いたよ。変なソフトや変な機械着けないでよ」
 と言われました。「うちの学校に来て使っている所を見て下さい。きっと
 わかって頂けますから」と答えました。見に来ては下さらなかったけど)

 このあたりで私の心は折れそうになりました。

 ひょっとして業者さんと行政は癒着していて、業者さんの言うことを
聞くのが大人の態度というやつなのか・・・

 校長先生に
「あの〜ひょっとして行政と癒着してるんでしたら業者の言う通りしますが」
とお伺いをたてました。すると校長は
「あほか。わしは予算の適正執行にしか興味無い。君が一番いいと思うのを
 入れなさい」

 すぐ行政の担当の方に電話を入れました。いろいろ話して見ると癒着って
感じじゃ無いなあとわかりました。

 最初の方針で行くことにしました。

 業者の担当の方が変わりました。今までの経緯を謝って来られました。
まあそれなら少しはこちらも妥協して・・・

 結局 MAC2台、TOWNS2台、DOS/V1台 入力装置多数、という仕様に
しました。

 ところが時代ですね。結局入ったのは
 MAC2台、 FMV-TOWNS(DOS/Vマシンとしても使える)2台、
 DOS/V1台になりました。
 
 
 まあ私が入れたものの、使うのは後の方だったのですが、それなりに
活用して下さったのじゃないかと思います。

 

posted by kingstone at 05:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文部省の課長さんは滅茶苦茶えらい

 大昔の役にも立たない話です。

 これもパソコン導入の番外編です。

 久里浜の特殊教育総合研究所で、文部省の課長さんの授業が
ありました。興味深い内容でした。そして最後に
「何かありましたらいつでも電話して下さい」と優しくおっしゃって
下さいました。

 学校に帰って、いよいよ予算がつくということになりました。

 ちょっとわからないことが出て来ました。
 国なのか自治体なのか。入力装置は認められるのか。(肢体不自由
養護で入力装置が認められなければ大変困る)

 学校は教頭先生の座っている前に電話があります。

 電話を取り、文部省に電話をかけました。
 課長さんにとりついで頂き、質問をしました。
 すぐに明快な答えを頂き「ありがとうございました」と言って
受話器を置きました。その瞬間

「馬鹿野郎!!何てことすんねん。課長やぞ。課長。わしらでも
 会議でお会いしても話もできひんねんぞ!でなあ、お前みたい
 なのがおるとなあ、お会いした時に、○○君は頑張っています
 ねえ、言うて皮肉な笑いをされるねんぞ!!」
教頭に無茶苦茶怒られました。

 私はひたすら謝るしかありませんでした。

 知らなかった・・電話して下さいと言われてもしちゃいけない
なんて。
posted by kingstone at 05:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肢体不自由養護のパソコン導入2

 大昔の役にも立たない思い出話です。

 久里浜・特殊教育総合研究所の情報処理コースでは必死に勉強
しました。私はウツ以外にも病気があります。時間が無いとの思い
がありました。(でも、思った以上に生きてますけど)

 でも私以外の情報処理コースの人も夜昼休日無く勉強していました。

 他のコースの人たちは、ソフトボール大会で交流したりしてはり
ましたが、情報処理コースの人は参加せず「やっぱりおたくや」と言わ
れてたりしました。そう言われるのが悔しいと、後日交流してはった
人もいたな。

 私は肢体不自由教育における機器利用の1点に絞って勉強しました。

 そのため「盲学校でのパソコン利用」という授業は抜けさせて頂いて、
自習していました。いや、現場に戻ればどんなニーズがあるかわからいのに、
視野が狭いのはわかってましたが。

 それが研究所で問題になっている、という話が聞こえて来ました。
 う〜〜ん、ちゃんと理由を言わなかったしなあ・・・

 後日「BASICで作るデータベース」という授業がありました。
 当時、私はWorksというデータベースソフトを既に使っていましたし、
データをテキストにしたり、Excelに読み込んだりということもできました。

 そこで授業担当の方に、「あの〜私、ここまでできますんでこの授業は
休みたいんですが」とお願いしました。すると
「まあ今回はいいでしょう。でもこんなことをすると教育委員会に報告
 しなければならなくなりますよ」とおっしゃいました。

 私は「どうぞ。ただその前に私の肢体不自由養護学校でやっている
実践のビデオを見て下さい。あの子たちが私が帰るのを待っているん
です。どうか肢体不自由の勉強をさせて下さい」と言いました。

 何もおっしゃいませんでした。

 ロッカーを隔てて、その方から見えない所に座っていた研究所の方が
うんうんうなづいてはりました。

 ま、結局不問になったみたいです。

 ただし、翌年のコースから、始まる時に
「授業を休んではならない」という注意書きが増えたそうですが。




posted by kingstone at 04:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肢体不自由養護のパソコン導入1

 大昔の単なる話です。

 MACだ、98だ、TOWNSだ、といろいろあった頃。
 DOS/Vは少し彼方にあったころです。

 私はMAC-LCとMAC-CLASSICUを自腹で学校に持ち込み、
実践を始めていました。その他、EPSON(98互換機)TOWNS,MSX
等を家で購入したり頂いたりしてました。ああMSXは実践に
使ってたな。
参照 過去の購入品・頂き物

 その頃はいろんなことがありました。

 同僚は「お前の単なる趣味やな」

 PTA会長さんに「パソコン使ったらいろんなことできますよ」
と言ったら「はは、英語と数学ができないと使えないんでしょう」

 たまたまどこかでお子さんにMAC-COLORCLASSICを使わせた保護者
は(たぶん私が自腹で持ち込んでるなんて知らずに)
「先生!!あんな素晴らしい物、なぜ学校に無いんですか!!」
叱られてしまいました。

 そんな、こんな様子を見ていた校長先生。
 この校長先生、後でわかったのですが、若い頃は大がかりな
意思伝達装置も作ったことがあったそうです。あんまり実用に
はならなかったみたいですが。

だから、私のやろうとしていることの意味がお分かりになったので
すね。

「君、久里浜(特殊教育総合研究所)行かへんか。知的障害コース
やけど情報処理コースも同時にやってるから覗くくらいできるやろ」

で、2つのコースのプログラムを見せて頂くと
「これ、私のやりたいのは情報処理コースですやん。こっちに是非
行きたいです」と言うと校長先生は「う〜ん」と言いながら向こう
へ行きはりました。

 数日後「情報処理コースに行って来い」
 教育委員会とかけあって下さったのでした。




posted by kingstone at 03:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっぱり変

 うーん、変です。
 マイスリー飲んだのに眠れない。
 頭の中に文章が渦巻いてる。

 しかたがないから書いていこう。
 閑話休題で。

posted by kingstone at 03:39| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする