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2014年11月01日

11月1日(土曜日) 小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ(貞信公)

 おはようございます。

 雨。
 なんか久々かな。


小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ

学研全訳古語辞典
み−ゆき(名詞)
   (一)【行幸】天皇のお出まし。
     出典万葉集 五四三
     「大君のみゆきのまにま」
     [訳] 天皇の行幸に従って。
   (二)【御幸】上皇・法皇・女院(によういん)のお出まし。
     出典源氏物語 若菜上
     「朱雀院(すざくゐん)の帝(みかど)、ありしみゆきののち」
     [訳] 朱雀院の帝は、さきごろのお出ましの後。
   参考「み行(ゆ)き」の意で、「み」は接頭語。貴人の外出の尊敬語。
     和語としては、「行幸」「御幸」ともに「みゆき」であるが、
     平安時代末期からは、(一)を「ぎゃうかう」または「ぎゃうがう」、
     (二)を「ごかう」と音読して区別するようになった。
     なお、皇后・皇太子には「行啓(ぎやうけい)」、または「お成り」を用いる。

 小倉山は嵯峨野から西に広がる山。稜線をたどると愛宕山に行き着くな。

「小倉山のあざやかな紅葉が、もしあなたの心でしたら、その情熱で、もう一度私のところに来て下さるのを待ちましょう」かな?

藤原忠平(880年 - 949年)諡が「貞信公(ていしんこう)」
   菅原道真の失脚後、力を持ったみたい。
   Wikipediaを見ると、当時頼りにされてたみたい。
   

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2014年10月31日のつぶやき














































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2014年10月31日

大いなる沈黙へ ーグランド・シャルトルーズ修道院



大いなる沈黙へ ーグランド・シャルトルーズ修道院

 私、「大いなる沈黙」と間違って覚えてました。
「へ」がいるんですね。

 元町にある、元町映画館という小さな映画館でやってました。
 17:40からの上映で、私は16:30くらいに着いて、先にチケットを購入してました。
 で、軽く御飯を食べ、ぎりぎりに行くと、既にほぼ満席・・・
 最後の2席が空いてて、私の買ったチケットに整理券がついてて、「座っていいですよ」とのことでなんとか座れました。で、ほぼ3時間の長丁場の上映ですが、みなさんもう真剣に見てる、って感じでしたね・・・

 山の中の修道院。
 ケルンの聖ブルーノ(1030〜1101)が作ったカルトジオ修道会は最も戒律が厳しいことで知られているそう。
 シャルトルーズはフランスのグルノーブルとシャンベリの間、フランスアルプス山脈の中にある。
 裏にある山がまさに岩峰で、アイガー北壁を小さくしたような形のもありました。

 平日の暮らしの中では基本的に沈黙。会話はしない。(ただし、仕事に必要な会話とか、儀式とかでは対話してた。また聖歌も歌うし。)

 日曜日と、特別な日は外に出て、また会話をすることも進められている。
 でも、山の中で、冬は雪が多いし、閉じこめられるのでは、と思ったら、雪のある時に、さらに山を登って行って、斜面をお尻で滑ったり、立って靴のみで滑ったり(グリセード)して遊んでました。一人だけスノーシュー(輪カンジキ)を担いでた人がいたな(履いてたかどうかはよくわからない)。

 また日曜日と特別な日はみんな揃って食事をする。
 つまり、その他の日は、それぞれ思い思いのところで食事をする。

 入山(?)した人は、出ていくのはいつでも自由。また、修道院長はその人が合わないと感じれば、いつでもやめさせることができる。それは入山式(?名前が違うだろうけど・・・)の時に宣言されてる。

 日本で言えば、永平寺みたいなもんか、とも思うけど、永平寺の場合は全員が出家者(僧侶)だけど、修道院の場合は普通の修道士は司祭じゃないというか、神父さんじゃないというか、そこが違うよな。でもって、戒律も禅房の方が厳しいかも・・・しかし「厳しい」の質が違うのか。永平寺とかだと「苛烈」みたいな感じで、シャルトルーズの場合は淡々と継続する「厳しさ」なのかもしれない。

 で、大きな修道院をなんか20人余りで運営してる。(たまたまなのかな?集まった時の人数を数えてみましたが、25人よりは少なかった。他にももっといるんだろうか?)

 でね・・・監督が映画撮影の許可を申請して、許可が出たのが16年後、というのが宣伝文句にもなり、パンフの中でも感心されてるのだけど・・・

 映画の中で、いろんな仕事をしている修道士さんが出てきます。
 で、事務処理をしてる修道士さんもいました。
 広い机がお世辞にも整理された状態とは言えない書類が積み上がっています。(むしろ散乱している、と言った方が適切)その山の向こうに、IBMのロゴがついたノートパソコン、ThinkPadの蓋(液晶の裏面)が少しだけ見えていました。一応パソコンを使ってデータを入れてるのだけど、まあゆっくり、ゆっくり・・・(確かに時間の流れは違う・・・)
 で、16年後というのは、それだけ慎重に考えた、ということではなく、単に事務処理ができなかったからなのではないかと・・・(しかし、それはそれで「すごい」ことか・・・よく申請の手紙が無くならなかったものだ・・・)

 いろんな意味で迫力のある映画でした。
posted by kingstone at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10月31日(金曜日) 名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな(三条右大臣)

 おはようございます。

 真っ暗です。

 今日は2週間ぶりに職場に行きます。
 新任研修「ねらいを考える前提 虐待について」をさせてもらいます。


名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな

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名にし負う【なにしおう】
   名高い。有名である。
   ▼中国の泰山は名にし負う天下の名山である。
   【参考】「し」は強調の助詞で「名に負う」を強めた言いかた。

ちょっと差がつく百人一首講座
【逢坂山(あふさかやま)】
   山城国(現在の京都府)と近江国(現在の滋賀県)の国境にあっ
   た山で関所がありました。「逢ふ」との掛詞になっています。

このあたりですね。当時は相当な山奥だったんだろうな。

スクリーンショット 2014-10-31 5.30.56.png

Wikipediaより
サネカズラ
   サネカズラ(実葛、学名: Kadsura japonica)は
   マツブサ科サネカズラ属の常緑つる性木本。

   確かに、この写真、よく見ると、ツルになっています。

スクリーンショット 2014-10-31 5.34.44.png

   実はこんなの

スクリーンショット 2014-10-31 5.34.59.png

   漢方薬には使うと書いてあるけど、「食べられる」とは書いてないな。


「有名な逢坂山のサネカズラはみんなに知られているように、あなたに会いに来るのはみんなに知られずに来るというのはたいへんむつかしい・・・でもきちゃった」

かな??


藤原定方(ふじわら の さだかた、(873年 - 932年)
   平安時代前期から中期にかけての貴族・歌人。
   和歌・管絃をよくし、紀貫之・凡河内躬恒の後援者であった。


もずらいとさんからのコメント

>名にし負う【なにしおう】
>   名高い。有名である。

 「負う」ですから,国語辞典の意味ですね。古語辞典では「負ふ」の意味を調べると「『名に負ふ』の形で『(その名前が)身に備えている』」と載っているはずです。和歌ではよく出てくるフレーズです。「名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思ふ人はありやなしやと」とか。
 「さねかづら」の「さね」は接頭詞の「さ」(早乙女(この「さ」に特に意味はない)とか,今の「さぁ〜しよう」もその名残でしょう)+「寝」で「共寝する」です。私は「かづら」も「頭(人)」の意味があるかなと思っているのですが,そういう説を採っている人はいません。「蔓(かづら)」をかんざしや髪留めとする風習から「かづら」を「かつら」となって,鎌倉時代くらいに頭の意味も持つようになったらしいです。
「来る」はこの場合,向こうから来るのではなく「通う」の意味です。さねかづらの蔓をたぐり寄せる「繰る」の掛詞でもあります。掛詞にするために「行く」「通う」が使えなかったのでしょう。
「よし」は今でも時代劇では「何々のよし,しかと心得た」なんて台詞が出てきますが,「方法」という意味です。
ですので,意味は

 その名の通り,「逢う」坂山の「さね(共寝)」かづらと言うのなら,さねかづらの蔓が周りのものを引き寄せるように,人に知られずにあなたのところに通う方法があればなぁ

となります。当時は季節の花や草を添えて,歌を相手に届けるという風習があったので,さねかづらを歌に織り込んだのだろうとされています。
 「くるよしもがな」なので,これは女性の立場に立って「さねかづらのようにあの人をたぐり寄せる方法がないかなぁ」という解釈もあります。ただ,そうすると恋文として適切なのか?とも思います。



もずらいとさん、どうもです。

>今の「さぁ〜しよう」もその名残でしょう

 意外なところにまだ生きてる・・・

>「蔓(かづら)」をかんざしや髪留めとする風習から
>「かづら」を「かつら」となって,鎌倉時代くらいに
>頭の意味も持つようになった

 なるほど。
 もともと髪をまとめたり、飾ったりしてたわけですね。

>さねかづらの蔓が周りのものを引き寄せるように
(しかも、人に知られず・・・というのもあるだろうな)

 ちょっとこわいですね。
 でも、恋愛なんてそんなもんだろうな。
 で、だから、

>さねかづらのようにあの人をたぐり寄せる方法がないかなぁ

 恋文として適切かどうかは別として、「恋心の歌」としてはばっちりなんじゃないでしょうか・・・


posted by kingstone at 05:45| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月30日のつぶやき














































































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする