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2014年12月21日

12月21日(日曜日) わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波(法性寺入道前関白太政大臣)

 おはようございます。

 ゆっくり寝たなあ。
 晴れだけど、すごく霞んでる。


わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波

「わたの原」は「綿の原」じゃないよなあ・・・
あと「わた」と言うと、「臓物」を思い出すけど・・・

学研全訳古語辞典
わた−の−はら 【海の原】名詞
   広々とした海。海原(うなばら)。「わだのはら」とも。

 あっ「わたつみ」の「わた」か。

ひさかた−の 【久方の】枕詞
   天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」
   「月」「日」「昼」「雲」「光」などに、また、「都」に
   かかる。語義・かかる理由未詳。

   (「ひさかたの」とくれば「ひかりのどけき」と浮かんで
    くる。そうか、「天空」に関係あるものにかかるのか。
    「久しぶり」みたいに「時間」に関係ありそうな気がした
    けど、空間と時間とを直感的にとらえてるのかな?)

解釈
「大海原に船(たぶん小舟)で漕ぎ出してみたら沖の白い雲と見間違えるような白波が立っていたよ」

って、それ、めちゃ危ないし・・・実体験じゃないよなあ・・・そんな「雲居とまがふ沖つ白波」という状態だったら、あっという間に転覆だと思う。


藤原忠通(ふじわら の ただみち、1097年 - 1164年)
   平安時代後期から末期の公卿。
   摂政関白太政大臣・藤原忠実の長男。
   小倉百人一首では法性寺入道前関白太政大臣。

   (昨日の、藤原基俊の「息子をイベントの主役に」というお願いに、
    「まかせとけ」みたいににおわせて裏切り、
    「契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり
    の歌を歌わせた人だ)

   (「人物」のところを読んでたら、1つ前の藤原基俊も、
    1つ後の崇徳院も「政敵」だったんだ)


もずらいとさんのコメント

わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波

>解釈
>「大海原に船(たぶん小舟)で漕ぎ出してみたら沖の白い雲と見間違えるような白波が立っていたよ」

 特にひねっていない歌なのでそのとおりです。

「ひさかたの」は

> 「久しぶり」みたいに「時間」に関係ありそうな気がした
>    けど、空間と時間とを直感的にとらえてるのかな?)

 「悠久」が大河だったり歴史だったりで使われるように,時間的なものにせよ距離的なものにせよ「やたら長い」ものを指す言葉です。といっても,この歌の頃はただの枕詞ですので,訳さなくても意味は通じます。

>って、それ、めちゃ危ないし・・・実体験じゃないよなあ・・・

 お察しのとおりで,明日紹介されるであろう崇徳院の内裏歌合で「海上遠望」という珍しい歌大で詠まれた歌だそうです。なので,あえて雄大な万葉調で詠んだのでしょう。



もずらいとさん、どうもです。

>「悠久」が大河だったり歴史だったりで使われるように,
>時間的なものにせよ距離的なものにせよ「やたら長い」もの
>を指す言葉です

なんか、そのあたり、概念の「共感覚」というか、
めちゃ面白いな。

>あえて雄大な万葉調で詠んだ

こういうのを「万葉調」って言うんだ。
posted by kingstone at 09:19| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分のスケジュールを作る・変更する

 私は現在、相談支援事業所の相談支援専門員をしています。

 いろいろなタイプの仕事をしていますが、主としては

1 障害福祉サービス等の利用計画の作成(計画相談支援・障害児相談支援)
(厚生労働省「障害のある人に対する相談支援について」)
が多いです。

 県の研修を受けた時に強調されたのは、
「本人のニーズを大切に」
「連携」
「資源開発」
あたりかな。

 先日、資源開発のために、ソワの児童発達支援に行って来ました。
 現場に行って、スタッフさんのOJTにあたります。
 そうでないと、お子さんの通うことのできる場所が増えないからね。つまり資源が増えない・・・

 私は、自閉症や発達障害のお子さんと関わるのは「キモがわかってしまえば」簡単なことだと思っていますが、普通の一般の方(スタッフさんとして来て下さる方は、どんな資格や免許があれ、たいていは一般の方です。ですから一般の常識はあっても、自閉症スペクトラムや発達障害についての知識は最初は特にありません)を、その子たちの中にぽんと放り入れてうまくいくもんとは思っていません。もちろんそのためにソワサポートでは、8回の新任研修(一部はこんなの)や、週1回の定例研修や、月1回の事業所ミィーティングなどもあるわけですが、やはり現場でのOJTも大事になります。

 あと、お子さんについてスタッフから聞き取ったり、実際に関わってみたりすることも、大事な「計画相談」におけるモニタリングの資料になります。

 児童発達支援に来てる子たち、最初は90cmくらいの細いボードに絵カードを貼ったスケジュールを利用しています。

スクリーンショット 2014-12-21 23.03.12.png

 しかし、何人かはA4サイズの紙の個人スケジュールに移行しています。

 で、来室したら「○時から『こべつ(学習)』する」とか自分で意見を言って、スタッフさんとスケジュールを決めていってる。で、あるお子さんは私と3時から「うんどう」をすることになり、別のお子さんは4時から他のスタッフと「うんどう」をすることになりました。

 ところが、3時前に運動の部屋で私と3時からの子が遊びだしてるのを見た4時からのお子さんが「僕も3時からにする」と言いだしました。このお子さん、一度決めたら変更したくないことが多いお子さんです。でも「気が変わった」わけですね。

 なので「ああ、じゃあスタッフさんと相談してね」と言ったら、ちゃんと相談して時刻を変更し、3時に一緒にやりました。

 てか、わらわらと他の子どもたちも寄ってきて、結局、みんなでやったんだけどね。

 なんかね、子どもたちもスタッフさんたちもすごいなと思って、涙出そうになったよ。

 なお、その話をその日現場にいなかったベテランスタッフさんに話したら、こんなことをおっしゃってました。

「この時刻はこちらの手が足りない、とかいう場合があるじゃないですか。そういう時は、『ごめんな。この時刻に、これをいれることができないので、あの時刻にさせてね』とか交渉することもあります」

 いやあ、それでこそのスケジュールです。

 でね・・・これを就学前(児童発達支援だからね)のお子さんたちがやってる・・・

自分のスケジュールを作る・変更する

2014年12月20日のつぶやき














































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月20日

12月20日(土曜日) 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり(藤原基俊)

 おはようございます。

 7時半だと外は明るいな。
 曇りです。


契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり

「契りおきし」は、まあ一夜を一緒に過ごしだろうな。

次の「させもが」ってのは、昔からわからなかった。
ああ、解釈してるページを見てしまったけど、「させも草」で「さしも草」と同じと。
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
で、「よもぎ」のことだって。

一応、解釈を読んでしまったのだけど、この「させも」の意味がわかった時点の解釈を書いてみると

「一夜を一緒に過ごしたけれど、よもぎの朝露のようなはかない恋(命)で、すぐ消えてしまうので、今年の秋も去ってしまい、厳しい冬がやってきたよ。(恋は終わったよ)」

かな?と。でも解釈のページを読むと、全然違う・・・しかも「恋歌」では無い・・・
そこらへん、もずらいとさんの解釈を待とう。


もずらいとさんのコメント

契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり

 この歌はできたいきさつを知らないとまずまともに解釈ができません。ですので

>「一夜を一緒に過ごしたけれど、よもぎの朝露のようなはかない恋(命)で、すぐ消えてしまうので、今年の秋も去ってしまい、厳しい冬がやってきたよ。(恋は終わったよ)」

となっても仕方ありません。

契りおきし → 「契り」「契る」は確かに「男女の営み」と解釈するのが一般的ですが,ここは「契りおき」です。「契り」を「置き」「し」ていたのです。「置く」というのは言葉であれものであれ一定以上の時間それが持続している(経過している)状態を指します。ですので「男女の営み」だとすると放置プレイか何かになってしまいますが,そんな無理な解釈する必要はなく,素直に「(以前)約束をしましたよね(あれからだいぶ経ちましたよね)」という意味です。

させも → これは「なほ頼めしめぢが原のさせも草我が世の中にあらむ限りは」という歌のことを言っているのです。この歌自体の意味は「どんなことがあっても生きてる限りはひたすら信じなさい」といったものです。

が露を命にて → 「させも」の歌を「恵みの露(一縷の望み)」として「頼り」にしてとなります。

あはれ今年の秋もいぬめり → 「あはれ」はこの場合は悲しい方の感慨に決まってますので「あぁ〜っ」みたいな感じです。「今年の秋も」+「往ぬ」+推量の助動詞「めり」なので「ああ,なのに今年の秋も行ってしまおうとしているよ」てなところです。

 ですので,「あんなに約束しましたよね,そうしたらあなたは「させも」の歌にたとえてくれたのでその言葉にすがってひたすら信じてきましたのに,あぁ,今年の秋も去ろうとしていますよ」となりますが,これだと恋歌のようででもちょっとおかしいなと思いますよね。

 藤原基俊の息子はお坊さんで,維摩会(ゆいまえ)という法会の講師をしたかった(講師をつとめると出世できる)ので,実力者の藤原忠通に頼んだところ「させも」の歌を頼みに待ちなさいと言われました。で,それを信じて待っていたのですが,結局選に漏れてしまいました。
 その恨み言として詠んだ歌です。ただ,藤原基俊は学識を鼻にかけ人を見下すことがある人物だったようで名門の出の割にはたいして出世しなかったのもそのような性格が嫌われたからではとされています。なので,藤原忠通は元々基俊の息子のために骨折りする気はなかったともされています。



もずらいとさん、どうもです。

>させも → これは
>「なほ頼めしめぢが原のさせも草我が世の中にあらむ限りは」
>という歌のことを言っているのです

ここらへんのいきさつがわからないとですね

>ただ,藤原基俊は学識を鼻にかけ人を見下すことがある人物
>だったようで名門の出の割にはたいして出世しなかったのも
>そのような性格が嫌われたからではとされています。
>なので,藤原忠通は元々基俊の息子のために骨折り
>する気はなかったともされています。

そうかあ。
まあこんな「恨みの歌」を歌うくらいだからなあ・・・
でも、百人一首に選ばれるんだ。
posted by kingstone at 07:33| Comment(1) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする