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2014年10月22日

10月22日(水) 立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む (中納言行平)

 おはようございます。

 真っ暗で天気はわかりません。

 治療後なので、昨夜はいつもの薬が飲めず。
 すると、あまり眠れず、また「いくら努力しても物事が悪い方へ行く」系の悪夢(?まではいかないけど)を見ました。
 で、前回はめちゃ痛かったのが、今回は全然痛くないなあ、と思ってたのが、ちゃんと痛くなってきた・・・^^;


立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む

 この歌は昔から、「技巧がとってつけたようで面白くない」と思ってました。

「立ち別れいなばの山の峰に生ふる」で「松(待つ)」を引き出してくるわけだけど・・・
(で、「立ち別れ」と別れてたことも出てくるし)

「待ってると聞いたので帰って来たよ」

それこそ「押し付けがましい」と言うか、すけべ親爺の顔が浮かんで来るというか・・・
権力のある者の傲慢さを感じてしまう。

しかし「君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ 」だと、そんな押し付けがましさは感じないなあ。

Wikipediaによると

在原 行平(ありわら の ゆきひら、818年 - 893年)
   平城天皇の第一皇子である弾正尹・阿保親王の次男(または三男)。
   在原業平の兄。
   (へえ、業平のお兄ちゃんか)
   当時の藤原氏以外の官吏としては、比較的順調な昇進ぶりを示し、
   特に民政に才を発揮した。
   (天皇の孫でも、藤原氏にはたいていは出世で負ける、ってことか・・・)

 この歌について「現代において、いなくなった飼猫の帰還を願う猫返しのまじないとしても、伝えられ親しまれている」だって。


もずらいとさんからのコメント

 この歌も技巧が凝らされてます。この歌は在原行平が因幡守に任じられて送別の宴で歌ったとされています。

立ち別れ→「もうお別れの時です」という意味です。「立ち」は「別れ」を強調するための言葉です。
いなばの→これは任地の「因幡国」とそこにある山の「稲羽山」と「往なば(行ってしまったら)」の三つが掛詞になっています。
まつ→「松」と「待つ」の掛詞です。

 意味としては「もうお別れの時で行かねばなりませんる(しかし)因幡国の稲羽山に生える松ではありませんが,あなたが「待っています」といってくれれば,私はすぐにでも帰ってきましょう」

実際にはすぐに帰ってこられるわけはないので,「必ず戻ってきますからそれまで私を忘れず待っていてください」という気持ちを歌にしたということです。



もずらいとさん、どうもです。

>在原行平が因幡守に任じられて送別の宴で歌ったとされ

>実際にはすぐに帰ってこられるわけはないので

 なるほど。
 特定の女性に向けて
「お前のために帰ってきたよ」
という歌ではなく、送別会の時にみんなに向けて
「みんな、帰って来るから、待っててね」
という気持ちを詠んだ歌なんですね。

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2014年10月21日のつぶやき








































































































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2014年10月21日

10月21日(火曜日) 君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ (光孝天皇 )

 おはようございます。

 早く、目覚めちゃった。
 天気は・・・う〜〜んやっぱり暗くてよくわからない。

 今日は痛かったり動けなかったり・・・ああ、やだな。


君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ

 光孝天皇(830年ー887年)

 820年(819年説もあり)に空海が高野山に金剛峯寺を作ってる。
 なお最澄が延暦寺を作ったのは788年。へえ。金剛峯寺の30年以上も前なんだ。
 延暦寺は光孝天皇にとってはずいぶん昔にできたお寺で、金剛峯寺だってかなり昔にできたお寺だ、ってことになるな。

 で、天皇になったのは、55歳の時(?なんか計算が合わないような・・・54歳じゃないだろうか?)。この頃ってすごく若い時に天皇になって、さっさと引退して院生を敷くのがはやりだったんじゃなかったっけ?結構遅くなってはるな。

 歌の意味は字義どおりでいいんじゃないかな?
「あなたのために春(でも1月か2月か)の野で若菜を摘んでいます。雪が降ってきて、衣にも降りかかります」
で、まんまだと思うのだけど。

 しかし、この歌の感じだと、衣につくとすぐ溶けるボタン雪じゃなくて、粉雪みたいな気もするけど、京都で粉雪は降らないかな。それに粉雪が降るほど寒かったら、若菜積みなどできないか・・・

 以前、「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」で、いくらなんでも天皇が苫の小屋には入らないだろう、という話がありましたが、若菜積みはレジャーとしてしてはったんじゃないかなあ。楽しいものね。


もずらいとさんからのコメント

>天皇になったのは、55歳の時(?なんか計算が合わないような・・・54歳じゃないだろうか?)。

 数え年なのでしょう。

>君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ

 「君」はこの場合相手に対する敬称であり「天皇」を指すわけではなく,普通に考えれば恋愛対象の「あなた」でしょうね。「降りつつ」の「つつ」は今でも「○○をしつつ」とあるように「継続中」を示す接続助詞です。意味は

 あなたのために(あえてこの雪の降っている)春の野に出て若菜(春の七草)を摘んでいます。その私の衣に雪が降り続けてます。

といったところです。相手との関係性が良好でないと少し押しつけがましい歌になってしまいますが,良好であれば相手は「それほど私のことを思ってくれるなんて」となるわけです。
 親王の時の歌とされていますが,親王であっても自ら野に摘みに行ったわけではないであろうとされています。でも,このように自分が摘んだと歌うのは表現法としてアリですので,実際に摘んだかどうかで評価が変わるものではありません。



もずらいとさん、どうもです。

>普通に考えれば恋愛対象の「あなた」でしょうね

Wikipediaを見てみたら、ものすごい数の「関わった女性」がいるみたいですね・・・

>実際に摘んだかどうかで評価が変わるものではありません

もちろん、作品としての価値はそうなんですが、実際に若菜を摘んでないなら、ご本人がつまんないだろうな、と・・・しかし、それは庶民の感慨かな・・・


>実際に若菜を摘んでないなら、ご本人がつまんないだろうな、と・・・しかし、それは庶民の感慨かな・・・

 庶民云々ではなく「こういうシチュエーション」を「想像しながらイメージを膨らます」のも和歌の楽しみなのです。



もちろん、作品の価値を左右するものでは無いですね。
でも、若菜も実際に摘めたほうが楽しいだろうになあ、という感慨です。
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2014年10月20日のつぶやき


































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2014年10月20日

「禁欲のヨーロッパ ー修道院の起源ー」



「禁欲のヨーロッパ ー修道院の起源ー」
佐藤彰一著

 著者は、修道院の起源をその心性面から解き明かそうとする。しかしそれ以外にも資料にあたり、いろいろな面から調べてはる。

「健全な精神は健全なる肉体に宿る」は西洋1世紀末から2世紀はじめに生きたローマの風刺詩人ユウェナリスの詩句の一節として伝えられる。その淵源はギリシャのポリス(都市)。ポリスの危急存亡のさい、一命を投げ打って戦場に赴く義務を負った市民が体を鍛えることを奨励していた。ポリス社会の誕生とともにファランクス(重装歩兵の密集戦術)が生まれた。
 ローマ時代にも、その身体の訓練の意義は忘れられても克己的な養生法として続いていた。(って、ローマも重装歩兵による密集戦法を使ってなかったっけ?日本では、豊臣秀吉が「短い槍が有利か長い槍が有利か」という論争が起きたさい、長い槍で密集で戦う方が有利なことを証明した、みたいな話をどこかで読んだけど、ギリシャのポリス社会からすれば2000年も後の話なんだな・・・)

 語句のおさらい

司祭 キリスト教における位階の一つ。
   東方諸教会、正教会、カトリック教会、聖公会に存在する。
   プロテスタントには、万人祭司の教理を以て司祭がおらず、
   指導者として牧師が居る。

教派・組織   正教会 
      カトリック教会 聖公会 プロテスタント
   呼称   神父    先生  先生
   職名   司祭    司祭  牧師


司教(しきょう、英語: bishop)は、カトリック教会の位階の一つ。
   ある司教区(教区)を監督する聖務職のこと。
   正教会や聖公会などではこれに相当するのは「主教」と呼び、
   ルーテル教会やメソジストでは「監督」と呼ぶ。
   なお、カトリック教会でも中国語・韓国語では訳語に「主教」
   を採用している(例:天主教台湾地区主教団)。

主教(しゅきょう、英語: Bishop)とは、正教会、聖公会における
   高位聖職者。複数教会によって構成される教区を管轄する。
   カトリック教会では司教と呼ばれる。

修道士 
   「monachus(モナクス)」禁欲修道士。
    もともと「一人で生きる者」というほどの意味。

修道院
  「モナステリウム(monasuterium)」禁欲修道院。そこの集団が「モナクス(monachus)」
  「バシリカ(basilica)」都市型修道院。そこの集団が「フラテール(frater)(兄弟)」
    サン・マルタン。サン・ジェルマン・デ・プレ。サン・ドニ。これらは「バシリカ」

 3世紀末から4世紀はじめに、すなわちキリスト教が公認される直前から直後の時代に、エジプトの村々や都市から、また小アジアやシリアの裕福な家庭から、そして帝国ローマの最上層の貴族たちの館から、若者を中心に幾千にものぼる人々が、自らの欲望の克服と根絶を実現するためにエジプトやトルコの荒野に旅だった。
 男の場合、ギリシャでは広く男色が行われていたから、女性を遠ざけるだけでは足りなかった。
(しかし、結構異性愛も少年愛もあったことが後ろで語られている)

(これは修道院ではなかったと思うけど、養生法として「接して漏らさず」はその時代のローマの健康法としてあった。貝原益軒の養生訓とかも、それこそシルクロードを通じて伝わって来たのか??それとも人間、考えることは同じようなこと、ということか?)

 ふ〜〜、これ以後は後で、できたら・・・


 こんな映画が、今まさに上映されてる。
 わお〜〜ん、退院と終わるのとがほぼ同時。
 見に行けるかなあ・・・


posted by kingstone at 20:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする